2012年2月11日
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リスク社会を生き抜くために

斎藤環氏(爽風会佐々木病院診療部長・精神科医)
マル激トーク・オン・ディマンド 第565回

 昨年3月11日の地震・津波震災と原発事故は、多くの日本人の心に深い傷を残した。それはあまりにもひどい地震・津波被害の惨状やボロボロに壊れた福島第一原子力発電所の映像を目の当たりにした時の衝撃もさることながら、これまであたかも空気のように自分たちの日常を支えていた何かが壊れてしまったことからくる、喪失感や底なしの不安感といったものも含まれるにちがいない。
 精神科医の斎藤環氏は、震災の精神的なショックの広がり方として、環状島モデルを紹介する。これは、実際の震災被害にあった中央と、震災から遙か遠く離れた地域では、人々は比較的冷静に状況を見ることができるのに対し、震災の周辺の人々が大きな精神的負担を感じることで、様々な異常行動を取る場合が多いことを指すのだそうだ。そのため、例えば買い占めや略奪のような災害時によく見られる反社会的な行為は、被災地よりもそこから少し離れた周辺で起きる場合が多いという。
 斎藤氏は、自身が専門とする引きこもりのような症状も、震災直後の被災地では長い間引きこもっていた人たちが引きこもりから抜けだし、地域と一緒になって救援活動や復旧活動を行うことが多いが、しばらくして復旧が進み、日常が戻ってくると、また引きこもってしまう「災害ユートピア」現象も多く見られたと言う。
 一方で、震災後、原発のあり方や放射能に対する対応をめぐって、原発推進・反対陣営の間で激しい誹謗中傷合戦が起きていることについても斎藤氏は、ベックの「非知のパラドクス」を紹介し、明確な答えのない「非知の(わからない)もの」に対して冷静に対処することの難しさを説く。
 いずれにしても、この歴史的な大震災が、日本人の心理に大きく影響を及ぼしていることは間違いないだろう。
 好む好まざるに関わらず、既にわれわれが「リスク社会」という人類史上特異な社会環境の中で生きていることが明らかな以上、この際そこでのわれわれ自身の立ち居振る舞いをあらためて冷静に見つめ直してみることは、決して無益ではないだろう。精神科医の斎藤環氏と、リスク社会とどう向き合うべきかを考えた。

リスク社会: ドイツの社会学者ウルリヒ・ベック氏が1986年の著書『Risikogesellschaft -(リスク社会。日本語訳タイトルは『危険社会』)』の中で打ち出した概念。チェルノブイリ原発事故の発生を受け、その無差別的な破壊力が、致命的な環境破壊を増殖させる社会のメカニズムを分析し、現代社会を、富の分配が重要な課題であった産業社会の段階を超えて、危険の分配が重要な課題となる「リスク社会」であると論じた。「近代が発展するにつれ富の社会的生産と平行して危険が社会的に生産されるようになる。貧困社会においては富の分配問題とそれをめぐる争いが存在した。危険社会ではこれに加えて次のような問題とそれをめぐる争いが発生する。つまり科学技術が危険を造り出してしまうという危険の生産の問題、そのような危険に該当するのは何かという危険の定義の問題、そしてこの危険がどのように分配されているかという危険の分配の問題である。」(『危険社会』 p.23)

 
斎藤 環さいとう たまき
(爽風会佐々木病院診療部長・精神科医)
1961年岩手県生まれ。86年筑波大学医学専門学群卒。90年同大大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。87年爽風会佐々木病院医師を経て、98年より現職。専門は思春期・青年期の精神病理学。著書に『博士の奇妙な成熟ーサブカルチャーと社会精神病理』『ひきこもりから見た未来』『キャラクター精神分析』など。  

 

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