2015年5月16日
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日本は何のために安保政策を変更するのか

青井未帆氏(学習院大学法科大学院教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第736回

 70年前、日本は不戦の誓いを立てた。だから、これからもアメリカに守ってもらわなければならない。しかし、アメリカに守ってもらえる国であり続けるためには、日本はアメリカと一緒に戦わなければならない。
 そんな論理矛盾を抱えた「安保法制」に関連した11の法案が安倍内閣によって5月14日、閣議決定された。
 安倍首相は直後の会見で、これが日本の抑止力を高め、ひいては地域や世界の平和に寄与するものと確信していると語り、胸を張った。
 今回の安保法制の中身については、マスメディアがこぞって詳しく報じているが、要するに自衛隊の活動範囲をこれまでの「周辺事態」から世界規模に拡大し、憲法上、自国が攻撃された時のみ許されると解されてきた武力行使を、日本と関係の深い国が攻撃を受けた場合にでも可能にするというものだ。(当初アメリカだけを念頭に置き、「同盟国」という表現が使われる予定だったが、南沙諸島情勢やペルシャ湾での活動などを念頭に、オーストラリアなど他の国も支援の対象に入れる必要があると判断し、「日本と関係の深い国」という言い回しになっている。)
 日本が憲法の精神を曲げてまでアメリカとの同盟に貢献する意思を見せることで、アメリカは日本に感謝し、日米同盟がより強固なものとなる。結果的に日本の抑止力は高まるという。また、日本が自国が攻撃されていない場合でも武力を行使できるようになることで、自衛隊の活動範囲が世界規模に広がるため、日本の国際貢献の幅も広がり、日本は世界から感謝されるという。
 その通りになれば結構な話だが、いくつか重大な問題がある。まず、これまでの専守防衛の理念の下で、自国が攻撃された時のみ可能と解されてきた武力行使の幅が広がることで、歴代内閣が憲法によって禁じられているとされてきた集団的自衛権の行使が可能となり、事実上、自国が攻撃を受けていない戦争に参加することが可能となるという点だ。憲法9条が「自然権としての自衛権」まで否定するものではないという解釈から、大きく踏み出すことになることは否めない。
 改憲論者を自認して止まない小林節慶応大学名誉教授を含む多くの憲法学者らが、憲法を改正しないまま集団的自衛権の行使を可能にすることに強く反対している理由は、それによって法の精神が決定的に傷つけられることが明らかだからだ。
 しかし、仮に100歩譲って、憲法の精神や理念を一旦横に置いたとしても、果たして今回の安保法制の制定によって、日本がより安全になり、世界がより平和になるという前提には根拠があるのだろうか。
 安保法制が成立すれば、日米同盟がより強固なものとなり、ひいてはそれが日本の抑止力を高めるという論理建てのようだが、4月28日に日米両国の外交・防衛担当閣僚の間で承認された「新たな日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」を見ても、今回の安保法制によってアメリカの日本に対するコミットメントの度合いが高まると読むことは難しい。
 どうしても、「日本がそこまでしてアメリカに尽くしているのだから、いざというときアメリカは日本を見捨てたりはしないろう」という精神論やお情けの域を出ないとの印象が拭えない。そして、その仮定は現在の国際政治情勢の下ではあまりにもナイーブかつ、子供じみてはいないだろうか。
 一方で、日本の自衛隊が世界中でアメリカの戦争に協力することが法的に可能になった時、アメリカからの協力要請を日本は断ることができるのか。吉田茂以降、アメリカが無体な要求をしてきても、歴代政権は憲法を理由に断ることができた。しかし、その縛りがなくなれば、日本はアメリカに対して政策判断として「今回はやめておきます」と言わなければならなくなる。しかし、それは考えにくい。だとすると、安保法制が整備されれば、日本の集団的自衛権行使の如何は、事実上アメリカに委ねられることになってしまわないか。
 しかも、超大国として自国の権益の保護に強い執着を見せ、しかもその背後に強烈なイデオロギー的、かつ宗教的な動機付けを持つアメリカは、日本が考えられないような戦争をしかけることも多々ある。その戦争に日本が参加することになれば、日本は交戦国から敵国と見なされることは必至だ。自衛隊員の命が危険に晒されることはもとより、日本国民もテロの標的になったり、日本のNGOによる人道的な活動が危険に晒されることは避けられない。
 要するに、憲法を蔑ろにし、法の権威を地に貶めてまでどうしても実現したいという割には、今回の「安保法制」は実益の部分でもあまりに疑問が多いと言わねばならない。
 記者会見での話しぶりを見る限り、安倍首相自身はこれで日本の安全保障が強化されると心底信じているようにも見える。しかし、実際に今回の法整備を裏で主導する外務官僚や一部の防衛官僚も本当にそれを信じているのだろうか。それとも実はそこには別の動機付けが働いているのだろうか。
 いずれにしても1つの新法案と10の改正案から成る「安保法制」は閣議決定され、これから国会審議に移る。国会があまり機能しない上、メディアのチェック機能も大幅に低下する中、今や日本における歯止めの頼みの綱は市民社会しかない。市民社会がどれだけ厳しく政治を監視し、問題がある時はあらゆる手段を使ってその意思を表明しなければ、法的にもあり得ず、しかも実質的なメリットもよくわからない一方で、リスクだけは確実に大きくなるような、そして日本が戦後大切にしてきた価値や理念を場合によってはドブに捨ててしまうような法改正をやってしまいかねないところまで、事態は来てしまった。
 安倍首相自身の記者会見での発言とともに、阪田雅裕元内閣法制局長官、国際人道支援NGO「難民を助ける会」の長有紀枝理事長、安全保障や国際関係論が専門の植木千可子早稲田大学教授、元防衛官僚で官房長、防衛研究所長などを歴任した柳澤協二元内閣官房副長官補、憲法学者の小林節慶應義塾大学名誉教授、弁護士の伊藤真氏らのコメントを参照しつつ、ゲストの青井未帆学習院大学教授とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
青井未帆あおい みほ
学習院大学法科大学院教授
1973年生まれ。95年国際基督教大学教養学部卒業。98年東京大学大学院修士課程修了。2003年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得満期退学。信州大学経済学部助教授、成城大学法学部准教授などを経て11年より現職。著書に『国家安全保障基本法批判』、『憲法を守るのは誰か』、共著に『集団的自衛権の何が問題か・解釈改憲批判』など。 683_aoi
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