「防衛政策の大転換」で日本はハイブリッド戦争に太刀打ちできるか
元陸将・陸上自衛隊東北方面総監
1973年愛知県生まれ。98年上智大学法学部卒業。2007年カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院博士課程修了。ハーバード大学ジョン・オーリン戦略研究所フェロー、テキサスA&M大学政治学部助教授などを経て2013年より現職。Ph.D.(政治学)。共著に『安保法制の何が問題か』、『国際紛争と協調のゲーム』。
「日本は自国防衛のコストを負担していない。米軍の駐留費を支払うか、さもなくば自力で防衛しろ。」
他でもない、アメリカ大統領選挙で共和党候補としての指名が確実視されているドナルド・トランプが何度も繰り返し主張している、いわば彼の自論だ。
トランプが現実に大統領に選出される可能性がどれぐらいあるのは、わからない。専門家の多くがそんなことはあり得ないと言うが、そもそも専門家の中にトランプが共和党の候補に選出されることを予測できた者は誰一人としていなかったことを考えると、何が起きても不思議ではないという気もする。
しかし、トランプ大統領誕生の可能性がどうあれ、暴論が売り物のトランプが、日米間で長らく封印されてきたパンドラの箱を開けたことは間違いないだろう。
現在の日本の防衛は日米安保を基軸としている。基軸というよりも在日米軍に依存しているといった方がより正確だろう。日本は、思いやり予算や米軍のグアム移転費用の負担なども合わせて、2016年度予算で6303億円を在日米軍関係の費用として負担しているが、在日米軍に関してはアメリカが年間約6050億円(約55億ドル)を支出しているので、日本の負担分は在日米軍駐留コストの約半分ということになる。
トランプの主張は日米安保の下ではアメリカは日本を守る義務があるが、日本は米国を守る義務はないので、在日米軍のコストは全額日本が負担して然るべきだ、ということのようだ。毎年6050億円というのは決して小さな金額ではないが、一方で、もし日本が日米同盟を解消し、自力で国防を担うことになった場合、仮に他の条件が現状と同等だとすると、そのコストは毎年23兆円を超えると、防衛大学の武田康裕教授らは試算している。
早稲田大学政治経済学術院准教授で国際政治学者の栗崎周平氏は、日本にとって日米同盟は独自防衛よりもはるかに安価で効率的な仕組みだと指摘する。つまり、現在の日米関係が日本にとって有利な、米国にとっては過度な負担を強いられたものになっているというトランプの指摘は、まんざら間違っているわけではないようだ。
戦後の日本が、日米同盟に依存することで軍事負担を免れ、その分、経済活動に専念したことで今日の経済的繁栄を手にしたことは言を俟たない。しかし、戦後の日本がそのような幸運な立場を享受できたのは、東西冷戦など国際政治上の条件が、たまたま日本にとって有利なものになっていたからだ。そして今、冷戦が終結し、中国が台頭する中で、アメリカの外交政策も大きく変化している。戦後長らく、アメリカの軍事力に依存してきた日本の「戦後レジューム」が、見直しを迫られることは必至だった。
21世紀の地政学の下で、日本にはどのような選択肢があるのか。このまま日米同盟一辺倒でいくことが、日本にとって本当に得策なのか。トランプが主張するようにアメリカが日本に国防の応分負担を求め、これまで安上りだった日米同盟が今より割高なものになった時、それでも日本はアメリカ一辺倒でいくべきなのか。
日米同盟の真のコストと、日本が独自防衛をした場合のコスト、そしてその際に生じるリスクなどについて、紛争発生のモデルケースやゲーム理論などを参照しながら、ゲストの栗崎周平氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。