検察は説明責任を果たしているか

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第416回)

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公開日 2009年03月26日

ゲスト

弁護士

1955年島根県生まれ。77年東京大学理学部卒。三井鉱山勤務を経て80年司法試験合格。83年検事任官。東京地検検事、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事、東京高検検事などを経て、2006年退官。08年郷原総合法律事務所(現郷原総合コンプライアンス法律事務所)を設立。10年法務省「検察の在り方検討会議」委員。著書に『「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で』、『検察崩壊 失われた正義』など。

著書

概要

 東京地検は24日、民主党小沢代表の公設秘書を政治資金規正法違反で起訴した。小沢代表は同日の記者会見で「献金を頂いた相手方をそのまま記載するのが規正法の主旨であると理解しており、その認識の差が今日の起訴という事実になったと思う。過去の例を見ても、この種の問題について逮捕、強制捜査、起訴という事例は記憶にない。納得がいかない」と涙を流しながら話し、代表の地位にとどまる意向を表明した。
 元検事で桐蔭横浜大学大学院教授の郷原信郎氏は、起訴内容が政治資金規正法の虚偽記載のみにとどまったことで、特捜の捜査は完全な失敗だったと断じる。政治団体を経由した企業からの政治献金が容認されてきたことは言わば政界の常識であり、政権交代の可能性が大きい総選挙を半年以内に控えた今この時期に、野党の党首の公設秘書を逮捕する容疑としては、あまりにも形式犯すぎるというのが郷原氏の一貫した主張だ。誰もがやっていることだからといって良しとすべきものではないが、政治的な影響の大きさを考えると、いきなりの逮捕では検察の政治性が批判されることは避けられないと、郷原氏は語る。
 郷原氏の見立てでは、今回の逮捕劇では検察の戦略に初歩的な誤算がいくつかあった可能性が大きいと言う。
 まず一点目は政治資金規正法の解釈だ。逮捕直後に捜査関係者の話として、秘書の逮捕によって小沢氏にも監督責任があるかのような話がリーク報道されていたが、長崎地検次席検事として政治資金規正法違反の捜査を指揮した経験を持ち、この法を熟知する郷原氏は、政治資金規正法の条文では「選任および監督」の責任となっているため、監督責任だけでは政治家本人の罪は問えないことを強調する。最初から明らかに無能な人間を会計責任者に任命したことが立証できなければ、今回の場合小沢氏の罪は問えない。特捜部はそれを十分確認しないまま小沢氏の秘書を逮捕してしまった可能性を郷原氏は懸念する。
 また、検察のもう一つの読み違いは世論の動向と小沢氏の反応だった。特捜が政治とカネの問題で政治家の公設秘書を逮捕すれば、世論の囂々たる非難の中、その政治家は辞任せざるを得なくなるのがいつものパターンだった。そうなれば、仮に罪状自体は弱くても、小沢氏の政治力は検察にとっては恐るるに足らないものになるはずだった。ところが、小沢氏が土俵際で踏ん張り、世論も今のところ小沢批判と検察批判が入り交じったものになっていることから、検察の思い通りにことが進まなかった可能性があると郷原氏は言う。
 検察は本来は捜査についての説明責任は負っていない。粛々と捜査を行い、容疑者を有罪に追い込むための証拠を公判で提示すればそれで責任を果たしたことになる。しかし、なぜ今このタイミングで、与野党を問わず広範に行われている献金行為をいきなり摘発し、野党党首の公設秘書を逮捕起訴までする必要があったのかについては、その政治的な影響の大きさを考えると、検察には明らかに説明責任があると郷原氏は言う。人の一生やこの国の運命を左右する局面で、一罰百戒の名のもとに検察が恣意的な摘発をすることが許されてしまえば、検察の権力は立法府のそれを遙かに超えた、極めて強大なものになってしまうからだ。
 元検事の郷原氏と、小沢氏の秘書逮捕をめぐる検察の判断と説明責任について議論した。また、後半は、郷原氏の持論でもある「杓子定規な法令遵守がいかに日本社会の思考停止を招いているか」を、考えた。

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