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2020年01月11日公開

ゴーン国外逃亡はわれわれに何を問うているのか

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第979回)

完全版視聴について

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完全版視聴期間 2020年01月01日00時00分
(終了しました)

ゲスト

1955年島根県生まれ。77年東京大学理学部卒。三井鉱山勤務を経て80年司法試験合格。83年検事任官。東京地検検事、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事、東京高検検事などを経て、2006年退官。08年郷原総合法律事務所(現郷原総合コンプライアンス法律事務所)を設立。10年法務省「検察の在り方検討会議」委員。著書に『青年市長は司法の闇と闘った 美濃加茂市長事件における驚愕の展開』、『告発の正義』、『検察崩壊 失われた正義』など。

著書

概要

 暮れも押し迫った2019年12月31日の早朝、日本の刑事司法史上前代未聞のショッキングなニュースが日本を駆け巡った。
 
 「ゴーン被告国外逃亡!」

 金融商品取引法違反や特別背任などの容疑に問われ保釈中だった元日産のカルロス・ゴーン会長が、何らかの方法で日本を密出国しレバノンのベイルートに到着したというニュースだった。世界中が注目する経済事件で保釈中だった刑事裁判の被告が、国外逃亡を図り見事に成功した瞬間だった。

  年明け早々からゴーン氏の逃亡のルートや方法などがメディアを賑わせ、「プライベードジェット」や「元特殊部隊」、「音響設備ボックス」などの見出しが躍った。

 そして1月8日、ゴーン氏が初めてメディアの前に姿を見せ、日本の刑事司法制度批判やメディア批判、日産、警察、政府による自身追い落としのための陰謀論、自らの身の潔白などを2時間近くに及ぶ記者会見で一気にまくし立てた。

 その間政府は、官房長官から法務大臣、ひいては東京地検までが総出で、ゴーン氏の逃亡が決して看過されるものではないことや、ゴーン氏が逃亡の理由としている日本の刑事司法の問題点は逃亡を正当化するための一方的な言い分であり、日本の刑事司法は正当かつ合法な制度が正常に機能していることなどを繰り返し主張した。

 主権国家としては保釈中だった刑事被告人が裁判を逃れるために国外逃亡することが容認されないのは当然だが、日本の出入国管理の態勢に欠陥があることが明らかになった以上、まずはその点が問題にされなければならないことは言うまでもない。ゴーン氏が何をしようが、そこさえしっかりしていれば、今回の問題は起きてないのだ。本当に元特殊部隊員だったのかどうかは定かではないが、海外の民間の業者が10日ほどの下見で、密出国のための出国管理の穴が簡単に見つかってしまうほど、日本の出入国管理が杜撰だったことは重大問題だ。密出国ができるということは密入国も可能だということになる。特に今回は空港から航空機による出国だったようだが、海岸線に囲まれている日本としては、他にも密かに出入国する方法がいくらでも考えられる。麻薬など違法物資の持ち込みの可能性なども含め、何をおいてもまず出入国管理のあり方を今一度検証する必要があるだろう。

 さて、問題は日本の刑事司法制度だ。今回、ゴーン氏が脱走に成功したことで、政府は保釈基準の厳格化を再検討すると言ってみたり、密出国という違法行為を犯したゴーン氏が主張する日本の刑事司法制度の問題点は「一方的で根拠に乏しい」もので、「日本の刑事司法制度は正当かつ正常に運営されている」などと必死で現在の刑事司法制度を擁護している。

 保釈基準については、日本の保釈基準が国際標準と比べて緩いということは決してない。むしろこれまでの、「否認をする限り保釈しない」方針が異常だった。問題はこれまで人質司法があまりにも長く当たり前のように続けられてきたために、司法行政が保釈された刑事被告人をいかに適正に管理するかというマインドがまるで欠落していたことだ。そのため今回のように国際世論に押されるような形で裁判所が保釈を認めてしまうと、抜け穴だらけの管理体勢の下に刑事被告人を置くことになる。もとより弁護人に保釈された被告人の管理責任をすべて負わせることなど不可能だ。保釈後の管理体勢の欠如は、刑事被告人を精神的に追い込み自白を取ることによってのみ成り立ってきた、高い有罪率を誇る日本の「人質司法」の弱点が、もろに露呈したと言えるだろう。

 また、日本の刑事司法がどれだけ問題を孕んでいようが、ゴーン氏の国外脱出が正当化されないことは言うまでもないが、同時に彼の言い分が国際社会では一定の支持を得ていることを、重く受け止める必要がある。

 つまり、国際的に見てもあり得ないほどの長期の起訴前勾留や、弁護士の立ち会いが認められない密室の中で行われる高圧的な取り調べと自白の強要、証拠開示を義務づけられていない検察とメディアのリーク報道による被告人に対する社会的な制裁等々、先進国では到底あり得ないような、明らかに正当性を欠いた刑事プロセスが今も当たり前のように行われているという厳然たる事実は、ゴーン氏の脱走があろうがなかろうが、いずれは日本が直視しなければならない問題なのだ。

 更に問題なのは、それが「真実を明らかにするためのやり過ぎ」というよりも、被疑者や被告人を精神的に追い込んで「落とす」、つまり抵抗力を奪った上で本人の自由意思によらない自白を強要することを目的とした、明らかに非人道的な制度となっていることだ。これは国際的には拷問と見做され、人権上も、制度の正当性という意味からも、とても言い訳ができないものになっていることは、既に日本の刑事司法制度が6度にわたり国連の人権委員会や拷問禁止委員会などから改善勧告を受けていることを見ても明らかだ。しかも、このことは多少でも司法に通じた人間であれば誰でも知っていることなのに、それが一向に改善されない。刑事司法の問題は誰も手出しができない「アンタッチャブル」になっていることだ。

 国を思う気持ちから、逃亡したゴーン氏が許せないという思いを持つことは尊いことだが、日本政府もわれわれも、その思いをゴーン氏を攻撃することばかりに消費せずに、この際、日本の刑事司法制度を真に世界に誇れるものに変えていくことに向けるべきではないだろうか。そうすることで、次に万が一、今回のような脱走があった時に、「許せない」というわれわれの思いを世界中の人々に共有してもらえるような制度を作っていけばいいではないか。ゴーン氏に逃げられたことよりも、その主張に世界が耳を傾けていることを、われわれはもっと悔しがる必要がある。

 当面心配なのは、今回ゴーン氏のカネに物を言わせた逃亡がまんまと成功し、それに対する政治の危機感や国民の怒りが盛り上がっている現在の状態を、司法官僚たちが自分たちの権益強化の好機と捉え、そのような方向に世論を誘導しようとしていることだ。報道するために捜査機関から情報をいただかなければならないマスメディアも、司法官僚にはからっきし弱い。

 まずは出入国管理を再点検し、穴があればしっかりと埋めること。そして、保釈については今回の件で、殊更に保釈基準を厳格化するなどして国際標準から更に遠ざかるのではなく、より近代的な保釈管理の仕組みを構築することで、国際標準に則った基準で被告人を保釈しても、簡単に逃げられることがないようにすること。そして最後に、違法に国外脱出した刑事被告人が脱出を正当化するために展開している主張に海外でも国内でも理解を示す人が一定数出てしまうようなことがないように、日本の刑事司法をより人道的でフェアな、少なくとも国連の人権委員会や拷問禁止委員会から勧告されることのないようなレベルのものに変えていくことが必要なのではないだろうか。

 今週のマル激はゴーン逃亡事件の背景とその教訓、そしてそのことがわれわれに突きつけている問いは何なのかなどについて、自身が検察出身者で弁護士に転向してからは検察や日本の司法制度の問題を厳しく批判するとともに、ゴーン氏の事件にも独自の情報源を通じてさまざまな発信を行っている郷原信郎氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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