2009年8月15日
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最高裁国民審査を審査する

長嶺超輝氏(司法ライター)
マル激トーク・オン・ディマンド 第436回

 総選挙前の恒例企画となった最高裁判所裁判官の国民審査特集。前回の国民審査以降の主要な最高裁判決を取り上げ、どの裁判官がどのような判断を下し、どのような意見を述べたかを、詳しく検証する。
 最高裁判所裁判官の国民審査は不信任の総数が投票総数の過半を超えた時に罷免となるが、それ以外は実質的な効力は何も持たない。いろいろな意味で、明らかに形骸化した制度であることは否めない。
 しかし、マル激で繰り返し見てきたように、最高裁の決定がさまざまな形で現在の日本の社会の在り方を規定していることは間違いない。首をかしげたくなる判決を下したり、おかしな意見を述べたり、あるいは批判を恐れずに勇気ある決定を下した裁判官に対しては、われわれはしっかりと意志表示をする必要がある。
 今回の国民審査の対象となる最高裁判所裁判官9名を、本邦メディアでは初めて(?)顔写真付きで一人ひとりのプロフィールを紹介するとともに、2005年の国民審査以降の主要事件として、一票の格差訴訟や和歌山カレー事件、情報公開訴訟、痴漢冤罪事件、催涙スプレー携帯事件における各裁判官の判断と意見を採り上げ、その内容を検証した。
 と、そこまではやるべきことをやってみたのだが、検証の過程で、あり得ないほど国民審査の制度が欠陥に満ちていることが明らかになった。そのような重大な問題が、これまで明らかにならなかったこと自体が、もしかすると国民審査を誰も真剣に受け止めてこなかった証左なのかもしれない。そう思えるほど、決定的な欠陥があるのだ。
 最高裁裁判官の国民審査は、まず裁判官任官後の最初の総選挙で審査にかけられ、その後10年間は審査がない。2度目の審査を受けるのは、最初の審査から最低でも10年以上経過した後になるが、ほぼ例外なく最高裁の裁判官には60歳以上の人が就任している。そして、最高裁裁判官は70歳が定年であるため、ほとんどの最高裁裁判官は、任官直後の総選挙時に一度だけ審査を受け、それ以降は審査を気にせずに悠々と裁判官を務めることになる。
 さて、問題は、その唯一の国民審査では多くの裁判官が任官からそれほど日が経っていないため、審査の判断材料となる主要な裁判にほとんど関わっていない場合が多いことだ。今回も過去4年間で主要な裁判に関わった裁判官の大半は、今回の国民審査の対象になっていない。仮に最高裁の決定に不服があっても、国民審査を通じて特定の裁判官に対してその意志表示をすることが、事実上不可能になっているのが、この制度の実情なのだ。
 また、最高裁は仕組みそのものに、大きな問題を抱えている。これまで数多くの裁判を傍聴し、最高裁をウォッチしてきた司法ライターの長嶺超輝氏によると、最高裁への上告申立て件数は年間数千件〜1万件近くにも及ぶという。わずか3つの小法廷に15名のみの裁判官(1名の長官と14名の判事)では、個々の案件を十分に審理することは、そもそも不可能なのだ。驚いたことに、最高裁がそれらを処理するスピードは、年間1万件とすると、1日あたり40件という計算になる。それを3つの小法廷で分担することを考慮に入れても、1つの小法廷で1日に13〜14件、1件あたり30〜40分に過ぎない。
 30分そこそこで地裁、高裁での審理を全て再検証し、最高裁として独自の判断を下すことなど、あり得るはずがない。そこで、実際には裁判官の補佐役として任命される調査官が、予め膨大な裁判記録を読み、裁判官に争点を説明した上で過去の判例を提示し、選択肢を示すことになる。それが裁判官の判断に決定的な影響を与えるであろうことは、想像に難くない。そもそも最高裁の裁判官は、調査官からあがってきた情報をじっくりと精査する時間すら無いはずだ。
 つまり、早い話が、最高裁の実質的な意思決定は、政治任命を受けた最高裁裁判官ではなく、司法官僚制度の中で人選された調査官によって機械的に下されている可能性が否定できないのだ。これでは、せっかく最高裁という権威のある裁判所を設置して、三権の長の一人として首相待遇の長官と大臣待遇の判事を並べてみても、下級審や過去の判例から外れた大胆な決定など下るはずがない。日本の司法判断が陳腐化し、時代の潮流からずれていると感じる人が多いのも、やむを得ないことなのかもしれない。アメリカなどに比べて日本では最高裁の顔が見えないと言われる所以も、そのあたりにあるのだろうか。
 もはや有名無実化した最高裁を改革する術はあるのか。長嶺氏は、次の総選挙で民主党が勝った場合、慣例化した裁判官の人事システムに政治が介入することが突破口になる可能性があるという。
 最高裁判所の裁判官は、憲法上、内閣が任命することとなっているが、実際は最高裁事務総局という密室の中で司法官僚によって決められている。自民党政権下では、内閣は事務総局があげてくるリストを追認するだけだったが、政権交代を果たした民主党には、原理原則に立ち返り、内閣が独自の判断で裁判官を任命することで国民の関心を集めてほしいと、長嶺氏は注文をつける。まずは物議を醸すことで、世論を喚起し、マスメディアがそれを報じることから始めないと変わらないというのだ。それは、国民やメディアの関心の薄さが、最高裁の有名無実化や国民審査の陳腐化を招いてきたからだ。
 さらに、法律自体の違憲審査を行う「憲法裁判所」の創設や、十分な審理を行うために裁判官の人数を増員するなど、司法改革として手をつけるべきことはたくさんある。もしかすると裁判員制度などを導入する前に、日本の司法権力の頂点にある最高裁判所のこのような深刻な問題を改革することの方が、遙かに優先順位の高い問題だったのかもしれない。
 限られた事件の中で、最高裁裁判官の判決内容を検証するとともに、国民審査の欠陥と、そこから見えてくる最高裁や司法全体の問題について、長嶺氏とともに考えた。

 
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長嶺 超輝ながみね まさき
(司法ライター)
1975年長崎県生まれ。98年九州大学法学部卒業。司法試験浪人を経て04年より現職。著書に『裁判官の爆笑お言葉集』、『サイコーですか?最高裁!』など。 436_nagamine

 

 

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