2011年5月21日
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この震災を日本衰退の引き金にしないために

広瀬弘忠氏(東京女子大学名誉教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第527回

 2万人を超える死者・行方不明者と25兆円とも言われる被害をもたらした東日本大震災は、既に日本史に残る大災害となることが確実だが、とは言え日本もまた世界の他の国々も、過去に様々な歴史的大災害を経験してきている。当時のヨーロッパの人口の半分を奪った14世紀のペスト禍やロンドン市街の全域をほぼ焼き尽くした1666年のロンドン大火、10万人以上が亡くなった1923年の関東大震災などはそのほんの一例だ。
 災害心理学が専門で国内外の大規模災害を多く研究してきた広瀬弘忠氏(東京女子大名誉教授)は、大規模災害がその社会が潜在的に内包していた社会変革を大幅に加速することが、過去の災害のケーススタディを通じて明らかになっていると指摘する。
 つまり、潜在的な成長力を秘めていた社会の場合、大地震、大津波、大洪水、大火災などの大規模災害が、その成長の重しになっていた古い体制や古い仕組みを一気に洗い流してしまうことで、急激な成長が実現したり、イノベーションが一気に進んだりする場合もあるが、もともと衰退傾向にあった社会では、逆に、災害によって衰退が加速する可能性もあるというのだ。
 例えば、1923年の関東大震災は首都東京に壊滅的な打撃を与えたが、復興の過程で東京は震災以前よりも大きく成長し、他の世界の主要都市と肩を並べる大都市に変身を遂げたと広瀬氏は言う。震災前は大阪と肩を並べる程度の経済規模しかなかった東京が、震災を機に、当時の政府が国策として首都に富を集中させる政策を実施したため、震災は東京を大きく脱皮させるきっかけとなったという。
 しかし、1906年のサンフランシスコ大地震のように、災害が社会の衰退のきっかけとなる場合もある。まだゴールドラッシュの熱冷めやらぬ20世紀初頭、アメリカ西海岸最大の都市だったサンフランシスコはカリフォルニアの政治、経済、文化の中心として繁栄していた。しかし、この年の4月にサンフランシスコを襲ったマグニチュード8.3の巨大地震のために、この都市の機能は完全に破壊され、その後復興は果たしたものの、カリフォルニアの政治・経済の中心の座は南カリフォルニアのロサンゼルスに完全に奪われてしまったまま、今日に至っている。
 同じようなことが1995年の阪神淡路大震災後の神戸にも当てはまると広瀬氏は言う。神戸も形だけは見事に復興を果たしたかに見えるが、破壊された港湾施設が復旧するまでの間に、神戸の港湾都市としての機能は韓国の釜山や東京に吸収され、復興後も神戸港の荷揚げ量や積み出し量が、震災前の水準に戻ることはなかった。そして、港湾都市としの神戸の衰退は、実際は震災以前から徐々に始まっていたものが、震災によって決定的に加速したものだったと、広瀬氏は言う。
 広瀬氏は過去の大震災のケーススタディなどから、大震災がその社会にマイナスに作用するかプラスに作用するかは、被災地となった社会が元々持っている潜在的な活力に加え、その周辺の社会が被災地に対してどのような内容の援助をどれだけの量行うかにかかってくると指摘する。この場合の周辺の社会とは、被災を免れた日本の他の地域やそこで事業を営む企業、そして国のことを指す。また、場合によっては外国資本や外国政府がその役割を果たすこともあり得る。
 今回の東日本大震災が東北地方に与えた打撃は甚大で、しかも地域の活力は震災前から高齢化や人口減少に喘ぐなど、低下傾向にあった。しかし、その地域に国や今回被災を免れた日本の他の地域がどのような資本の投下を行うかによっては、この震災が地域の衰退傾向を転換する千載一遇の機会にもなり得ると広瀬氏は言う。ただし、その場合は相当の痛みを伴うことが避けられないだろうとも。
 震災のエキスパート広瀬氏と、歴史的な考察を交えながら、この震災を日本衰退の引き金にしないために、今われわれが何をしなければならないかを考えた。

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広瀬 弘忠ひろせ ひろただ
(東京女子大学名誉教授)
1942年東京都生まれ。68年東京大学文学部心理学科卒業。70年同大学大学院人文科学研究科心理学専攻修了。同大学助手、東京女子大学助教授などを経て、83年同大学教授。2011年4月より現職。文学博士。著書に『生存のための災害学』『巨大地震ー予知とその影響』(編著)、『人はなぜ逃げおくれるのか』など。 527_hirose

 

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