2018年6月2日
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東京五輪をタバコ五輪にしてはいけない

原田隆之氏(筑波大学人間系教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第895回(2018年6月2日)

 安倍政権が本気で岩盤規制にドリルで風穴を開けたいのなら、獣医学部新設も結構だが、まずこれを何とかしたらどうだろう。他でもない、タバコ利権だ。

 国会では来週から受動喫煙を防止するための措置を含む健康増進法改正案の審議が始まる。しかし、今国会に提出されている受動喫煙防止法案は、店内を全面禁煙としなければならない対象から床面積100㎡以下の飲食店と、資本金5000万円以下の事業者を除外する、まったくのザル法だ。現にこの法案では、全体の45%の飲食店しか、禁煙措置の対象とはならない。ファミレスなど一部の大型店舗を除く大半の飲食店では、これまで通り自由に喫煙が可能になる。このままでは2008年の北京五輪から実現してきたスモークフリー五輪の伝統が、2020年の東京大会で途切れてしまう。

 先進国では常識レベルの禁煙・分煙措置を義務づけられない国政の体たらくを見て、東京都の小池百合子知事は、従業員を雇う全ての飲食店に禁煙・分煙措置を義務づける独自の受動喫煙防止条例を、今月中に都議会に提出する意向を明らかにしている。今のところ都議会の都民ファーストと共産党がこの条例案に賛成の意思を表明しているので、可決する可能性が高い。この条例ができれば、少なくとも五輪の大半の競技の舞台となる東京都内において、84%の飲食店が禁煙の対象となるので、辛うじてスモークフリー五輪の伝統は守れそうな状況だが、まだ予断は許さない。

 しかし、それにしてもなぜ日本はタバコ規制にこんなにも弱腰なのか。タバコの健康被害については、もはや疑いを挟む余地はない。喫煙がCOPD(慢性閉塞性肺疾患)やバージャー病(閉塞性血栓性血管炎)、肺がんや口腔がん、咽頭がんなど様々ながんのほか、数々の心疾患や脳疾患、糖尿病、うつ病などの主要因となっていることは、もはや医学界の常識となっており、喫煙に起因する医療費も年間1兆4900億円にのぼるという。

 しかも、喫煙は本人だけでなく、周囲の人間も巻き込む。厚労省によると、喫煙によって生じる主たる有害物質であるニコチン、タール、一酸化炭素の含有量は、主流煙(喫煙者自身が吸引する分)より副流煙の方が3倍以上も高いのだという。結果的に、年間1万5000人が受動喫煙が原因で死亡していると推計されている。

 五輪が来る来ないに関わらず、受動喫煙の防止は待ったなしの状態にあると言っていいだろう。

 ところが、その最中に出てきた政府の法案が、大甘のザル法だった。なぜ日本は、ここまで被害が明確なタバコの受動喫煙を法律で規制することができないのだろうか。

 その最大の理由はタバコがタバコ利権という、日本最大にして最強の利権構造によって支えられているからだ。そもそもタバコの主管官庁は財務省だ。多くの国では健康被害が深刻なタバコは日本の厚労省にあたる、厚生行政を司る官庁の管理下にあるが、日本ではタバコは明治初期にタバコ税が国にとって貴重な税の財源だったことの名残で、未だに財務省が握っている。元々、財務省は国民の健康の心配をする役割を担う官庁ではない。

 明治時代に当時の大蔵省専売局がタバコの一元管理を始め、後にそれが専売公社に引き継がれた。1985年に専売公社が民営化された後も、財務省はJTの33%強の株を保有し、JTから2兆円を超えるタバコ税や700億円にのぼるJT株の配当などを上納させる一方で、JTの独占体制を維持し、これを保護している。また、政治家はJTの他、タバコ農家やタバコ小売店、喫煙可能な状態を続けたい飲食店の業界団体などから政治献金や選挙応援を受ける見返りに、葉タバコ買い上げ価格を維持するなどして、これを保護している。今回のような厳しい受動喫煙防止法を潰すのも、その見返り保護の一環だ。無論、国会議員は地元選挙区への予算配分などで財務省にはお世話になっている立場で、誰も財務省を敵に回したくない。

 財務省とJT、族議員と葉タバコ農家、タバコ小売店、飲食店の4者が互いに持ちつ持たれつの関係の中で強固な利権を守っている。タバコ三法と言われるたばこ事業法、日本たばこ産業株式会社法(JT法)、たばこ耕作組合法のタバコをめぐる法的な枠組みは、この強固な利権構造によって維持され、誰も手出しをすることができないようになっている。

 しかし、である。今や喫煙者の割合は2割を切っている。また、喫煙による健康被害の実態も、十分にデータで裏付けられている。毒性が分かった上で本人が吸うのはやむを得ないとしても、せめて受動喫煙の被害を軽減するために規制を強化しようとすると、明治維新から続く伝統だの、族議員だの、予算を握る財務省の権力だのといったものがゾロゾロと出てきて、まともな規制ができないというのでは、民主主義国家の体をなしていないではないか。

 実はこのような旧態依然たる利権が温存されているシークレットが一つある。それはメディアが軒並みタバコ利権に浸食されていることだ。JTは毎年200億円を超える広告を出稿している。一番このようなテーマを取り上げてくれそうなテレビ朝日の報道ステーションも、TBSのニュース23も、しっかりJTがスポンサーに入っている。そもそも独占企業で競争する必要がないJTが、毎年CMに200億円も使う理由は、タバコに対する否定的な報道を押さえること以外に何があるのか。結果的にメディアが、タバコ利権の最後の守護神のような役回りを演じる格好になっている。

 実際、この番組の中で紹介されているタバコの健康被害に関する様々なデータやタバコ利権の構造は、それなりに時間を割いてネットを掘り下げれば出てくるが、主要なマスメディアにそれが取り上げられることはほとんど皆無に近い。それがタバコ利権のタバコ神話への格上げに一役買っていることは明らかだ。

 臨床心理学、犯罪心理学が専門で薬物の依存症に詳しい筑波大学の原田隆之教授は、タバコには一つもメリットがないことを強調する。健康に有害なことがわかっていてもタバコをやめられないのは、ニコチンに強度の依存性があるからだ。原田氏によると、ニコチンは最も毒性や依存性が強いとされる麻薬のヘロインと、毒性においても依存性においても同程度だと指摘する。

 原田氏によると、独力で禁煙を試みた場合の成功率は5%と低いが、そこにカウンセリングを加えることで、成功率を30%程度まで引き上げられるそうだ。

 タバコを吸うとリラックスできるというのも、医学的には根拠がなく、喫煙によってニコチン依存症の禁断症状から解放されることを「リラックス」と勘違いしているに過ぎないのだと原田氏はいう。ニコチンは本来、「中枢神経刺激剤」であり、リラックスとは逆の効果を持つ。

 ことほど左様に、タバコについては情報が不足し、誤謬が蔓延っている。依存症の視点からタバコの問題に取り組んできた原田氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

 
原田 隆之(はらだ たかゆき)
筑波大学人間系教授
1964年徳島県生まれ。88年一橋大学社会学部卒業。90年同大学院社会学研究科博士前期課程修了。2000年カリフォルニア州立大学心理学研究科修士課程修了(保健学博士)。東京大学大学院医学系研究科でPhD取得。法務省、国連薬物犯罪事務所(ウィーン本部)、目白大学人間学部教授などを経て、17年より現職。東京大学大学院医学系研究科客員研究員を兼務。専門は、臨床心理学、犯罪心理学。著書に『リラプス・プリベンション―依存症の新しい治療』、『認知行動療法・禁煙ワークブック』など。

 

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