[シリーズ・民主党政権の課題4]子どもを生みたくなる国に変わるための処方箋
東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長
1968年東京都生まれ。92年東京大学法学部卒業。同年富士総合研究所に入社。富士通総研を経て09年より現職。内閣府「少子化危機突破タスクフォース」委員。専門は人口問題、社会保障制度、労働雇用。著書に『ムダとり 時間術』、『イクメンで行こう!ー育児も仕事も充実させる生き方』など。
2014年、マル激は、これから日本が変わっていくための「ツボ」になると思われるポイントを折に触れて取り上げていきたい。
その一環として、今週は働き方について。
安倍首相は経済政策の一環として女性の社会進出を「成長戦略の中核」に据え、社会のあらゆる分野で、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上にする目標を掲げている。日本はこれから強烈な人口減少社会に突入する。そうした社会情勢の中で持続可能な経済成長を果たすための一つの処方箋として、「ダイバーシティ」や「ワークライフバランス」という考え方にあらためて注目が集まっている。
マル激ではお馴染みの「イクメン」として知られる東レ経営研究所の渥美由喜氏は、安倍首相の女性重視政策を予期していなかった。嬉しい誤算を歓迎しているが、ダイバーシティやワークライフバランスが重要なのは、単に労働力として女性の力が必要だからではないことは言うまでもない。女性は言うに及ばずだが、むしろ男性こそそれを必要としていると渥美氏は言う。
ダイバーシティとは「多様性」などと訳され、社会や企業が女性や障害者、高齢者、外国人、非正規雇用の労働者など多様な人材を広く受け入れ積極的にこれを活用していくことを指す。ワークライフバランスは「仕事と生活の調和」という意味だが、渥美氏によると、ダイバーシティやワークライフバランスを積極的に推進している企業の方が明らかに業績も優れているし、成長性も高い。過去5年間の業績においてダイバーシティやワークライフバランスの推進に取り組んでいない企業が業績を約3割落としているのに対して、積極的に取り組んでいる企業は約1割業績をアップさせている。また女性役員の管理職の割合が高い企業やダイバーシティを重視している企業は法令遵守、コンプライアンスの面でも企業不祥事が起きにくい風土を構築できている傾向にあると言う。
しかし、日本では依然として長時間労働が美徳とされ、定時であがったり、有給休暇や産休をきちんと消化する社員は、仮に管理能力に優れていたり、営業成績が良かったとしても、社内的に評価されなかったり、同僚から疎まれたりする空気は依然として根強い。
さらに日本では女性労働者が結婚・出産・子育ての年齢に差し掛かると仕事を辞めざるを得なくなるという構造的な問題も抱えている。渥美氏はこの理由をたくさん働けば所得があがるのが当たり前だった「高度経済成長期の成功体験」からいまだに脱しきれないからだと分析する。労働者の側にも立身出世の意識が依然として強く、これが組織内でも長時間労働をよしとする風土につながっているというのだ。さらに日本の経済成長を下支えしてきた家庭の役割、つまり結婚や出産を機に女性は専業主婦となり、外で働くのは男性という役割がうまく回っているように見えたため、社会の制度、ライフスタイルとして固定化してしまったという。
日本の男性労働者の育児休暇取得率はわずか1.89%に止まり、一部上場企業の女性役員数は1.2%程度に過ぎない。子育てや教育における政府などの公的支出の対GDP比の割合はOECD加盟国で最低レベルだ。
しかし、好むと好まないにかかわらず、今後日本はこうした取り組みを推進していかざるを得なくなるだろうと渥美氏は言う。これまでワークライフバランスと言えば、男性が積極的に育児に関わることがポイントだったが、今後、猛スピードで高齢化が進む中、介護の負担をいかに分担していくかが日本社会全体の大きな課題になることは必至だ。そうした状況の中で、仕事だけをしていれば立派とされるようなこれまでの男性像がもはや通用しないことは明らかだ。
渥美氏はこれからの働き方のモデルとして、「仕事人、家庭人、地域人」の一人3役がこなせているかどうかが問われるようになる。そしてその相乗効果は、これからの働き方や社会のあり方にも大きな影響を与えるだろうと言う。
われわれはこれからどんな「働き方」を模索すればいいのか。それはわれわれの社会や政治、経済にどのような影響を与えていくことになるのか。ゲストの渥美由喜氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。