2015年5月9日
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知っているようで知らない魚の話

生田與克氏(築地魚河岸マグロ仲卸「鈴与」三代目)
マル激トーク・オン・ディマンド 第735回

 日本の魚に大変なことが起きている。
 にもかかわらず、われわれは事の重大さをよく理解しないまま、当たり前のように毎日魚を食べている。
 しかも今や世界的な日本食ブームとやらで、日本は寿司や刺身などの魚料理をしきりと世界市場に売り込んでいるが、それはまるで危機を輸出しているかのようでさえある。
 確かに日本は島国で周囲を海に囲まれていることから、豊富な水産資源に恵まれている。日本が自由に魚を獲ることができるEEZ(排他的経済水域)の面積は世界第6位を誇り、しかもその中に世界3大漁場と呼ばれる魚の宝庫の2つを抱える。こと魚に関する限り、日本は恐らく世界一ラッキーな国なのだ。
 しかし、世界の中で日本の漁業だけが、危機的な状況を迎えているというから不思議だ。
 一体なぜそのようなことになってしまったのか。
 日本は世界で最も多く魚を食べる民族だ。国民一人あたりの魚の消費量は年間51キロにのぼり、人口100万人以上の主要国の中で2位以下の中国、アメリカなどを大きく引き離している。しかし、その一方で、日本の漁獲高の方は1984年の1,282万トンをピークに減少の一途を辿り、2013年にはピーク時の3分の1の479万トンまで落ち込んでいる。その分を輸入で埋めている計算になるが、問題は日本の漁獲高が減っているその理由だ。
 端的に言うと日本では魚が捕れなくなっているのだ。しかも、その原因もほぼはっきりしている。他でもない乱獲だ。
 漁業者の乱獲に対して寛容すぎると批判される水産庁でさえ、水産資源の52魚種のうち半数が「低位」、つまり持続可能性を脅かすレベルにあると判定している。実際はそんな甘いものではないという声も大きい。
 なかでも寿司ネタとして人気の高いクロマグロは、正に危機的状況にある。築地の魚河岸で、マグロ仲卸業を営む生田與克氏は、「しゃれにならない状況」だと話す。大消費国である日本では、なるべく低価格のマグロを手に入れるために、大型の成魚だけではなく、まだ産卵すらしていない幼魚も一網打尽で乱獲されているという。幼魚の段階で大量に捕獲すれば、将来の親魚がいなくなり、その魚種が絶滅してしまうリスクも高まることは自明だ。その結果、漁獲高の伸び悩みはもちろん、サイズが小さくなり、漁業者の利益も小さくなるので、更に乱獲に拍車がかかるという悪循環を繰り返しているのだという。
 これはクロマグロにとどまらず、ホッケなどにも見られてきている。居酒屋などで出されるホッケのサイズが小さくなっているのに気付いた方も多いだろう。サイズが小さくなったのは、漁獲高が減り、まだ成魚になっていない小ぶりな魚にも手を出さざるを得なくなったからに他ならない。かつては丸ごと提供されていた庶民の魚だったホッケが、値段があがったために、最近は切り身で出されるようになっているという。
 解決策ははっきりしている。乱獲をやめることだ。水産資源の持続可能性を維持するには、魚の種類ごとに科学的な知見に基づいた持続可能性を維持できる漁獲量(ABC:生物学的許容漁獲量AllowableBiological Catch)を算出し、 その範囲内に漁獲可能量(TAC:Total AllowableCatch)を制限するしかない。
 世界各国ではABCとTACに基づいて水産資源の維持、回復に取り組むことがいまや常識となっているといっても過言ではない。
 ところが、なぜか漁業大国日本ではこれが一向に進まない。日本もこの制度を導入してはいるが、日本ではABCを決めても、それを大幅に超えた数値がTACとして定められてしまうなど、その運用は「全くデタラメだ」と生田氏は批判する。
 本来、TACを決めることの意味は、資源が枯渇する可能性がある魚種のABCに対して、それを下回るレベルのTACを定めることにある。そうしなければ、漁獲制限の意味をなさないことは子どもでもわかることだ。しかし、日本ではABCと同等か、もしくはそれを超えるTACが認められてしまう。しかも、現在、日本でTACが設定されている魚種は、もともとそれほど危機的な状況にあるわけでもないゴマサバ、スルメイカなどわずか7分類8魚種に過ぎない。これはアメリカの528種、ニュージーランドの98種などと比較しても、あまりにもやる気がない、いい加減なものと言わねばならない。しかも、日本の規制対象の中には乱獲によって既に漁獲高が危機的な状況にまで減少しているホッケや、ほぼ絶滅状態にあるニシン、そして国際的に乱獲が問題となっているマグロなどは指定すらされていない。これでは世界中の魚を食べ尽くしている日本が、世界から後ろ指を指されるのも無理はない。
 震災から間もない2011年9月のこの番組で、漁業資源問題に詳しい三重大学の勝川俊雄准教授(現東京海洋大准教授)は、日本の水産行政にグランドデザインが無いために、日本の漁業が壊滅への道を辿っていると指摘した。「漁協ごとに縄張りを定め、その中で魚を獲りたいだけ獲らせている現在の漁業法の下では、資源が完全に枯渇するまで乱獲はやまない」として、漁業法を改正し漁獲量を制限しなければ、いずれわれわれは魚が食べられなくなることが必至であることを学んだ。しかし、実際にはその後も乱獲は更に激化し、資源の枯渇は悪化に一途を辿っている。
 消費者としてもわれわれは、世界中の魚を食べ尽くすほど魚を食べている割には、魚のことを知らなさすぎたかもしれない。あまりにも豊かな海に囲まれていたことで、感覚が麻痺していたのかもしれない。例えば、今日本人は日本で獲れる魚よりも輸入魚種ばかりを好んで食べている。日本人の魚の消費量の上位を占めるサーモン、マグロ、イカ、エビなどはいずれも、輸入に依存している魚種だ。その一方で、日本で豊富に獲れるサバ、カツオ、ホタテガイなどの消費量はマグロやサーモンに大きく水をあけられている。輸入業者のPR戦略に乗せられている面もあるが、どの魚はいつ旬を迎え、どの魚はもっぱら輸入に依存し、どの魚は大半が養殖なのかくらいは知っておいてもいいだろう。
 行政の無策や漁協の乱獲を批判するのは容易い。しかし、日本の豊かな漁業資源を守るために政治が動かない最大の理由は、世論の無関心にあると生田氏は言う。スーパーで切り身になったパック詰めの魚しか食べなくなれば、その魚がマルの状態でどのくらいの大きさがあったのかを気にすることもなくなるのは当然だし、旬を意識しなくなれば、輸入魚に依存することが当たり前になる。
 海外でブームと言われる寿司は腕利きの寿司職人がいる高級店以外は、ほとんど寿司ネタサイズに切られてパック詰めされた上で冷凍されている寿司ネタを使っているそうだ。寿司屋のやることといえば機械が握ったしゃりの上に解凍しパックから取り出したネタを載せるだけだということになる。日本人が聞くと冗談にように聞こえるかもしれないが、下手をすると本家本元の日本もそれに近づいているのかもしれない。
 まずは我々一人ひとりが、もう少し魚を知ることで、魚への関心を取り戻し、その文化を守り育てていく必要性を感じられるようになること。そこから始めなければ、漁業資源の保護などおぼつかないだろう。築地魚河岸の現場で日本の魚の現状をつぶさに見てきたゲストの生田與克氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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