沖縄密約をすっぱ抜いた西山太吉氏がわれわれに残した宿題
ジャーナリスト
1969年生まれ。93年朝日新聞社入社。週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などを経て2023年に退社し現職。著書に『消された水汚染』、『沖縄密約 ふたつの嘘』など。
止まらない最大の理由は政府の対応が遅れているからだ。汚染は広がり続けており、その間も健康被害が拡大している可能性が高いのだ。
前回、マル激がPFAS問題を取り上げた2021年12月当時は、汚染源が確認されていたのは東京都の横田基地周辺と大阪府のダイキン工場、沖縄県の米軍基地に限られていた。しかしその後、各地で調査が行われた結果、他にも自衛隊の基地や産業廃棄物などを汚染源とする汚染が全国各地で確認されている。しかも、ここに来て、人工芝までがPFASの汚染源になっていることが、海外で取り沙汰され始めている。新たな事実や疑いが次々と明らかになる中、日本政府の規制強化は遅々として進まず、ほとんど調査すら行われていない状態が続いている。
PFASは、PFOSやPFOAなどをはじめとする有機フッ素化合物の総称だ。水も油も弾き、熱に強いことから、焦げ付きにくいフッ素加工フライパンや食品包装紙など身近なものにも多く使われている。しかし自然界に存在するものではないPFASは、一度作ってしまうとなかなか分解しない。PFASが永遠の化学物質(Forever Chemical)と呼ばれる所以だ。また、ほとんど壊れることがないPFASは体内に蓄積しやすく、発がん性などの有害性が指摘されている。
現在明らかになっている汚染源は、主に米軍基地、自衛隊、産業廃棄物の3つだ。米軍基地では元々、消防訓練などの際にPFASを含む泡消火剤が大量に使われている疑いが持たれているが、日米地位協定の壁に阻まれ、その実態は日本政府には明らかにされていない。しかも、アメリカで米軍基地周辺のPFAS汚染が問題視されるようになり、政府がPFASの利用を中止する宣言をしたために、日本の米軍基地でもPFASを含む泡消火剤の意図的な廃棄が行われている疑いがあると、PFAS問題を長年取材しているジャーナリストの諸永裕司氏は指摘する。
都道府県が米軍基地内の立ち入り調査を申請してきているが、これまで実際に調査が認められたのは、目の前で泡消火剤が溢れる事故があった横須賀基地と普天間基地の2件だけだという。意図的かどうかはともかく、米軍基地内で大量にPFAS消火剤が廃棄されている疑いが持たれているにもかかわらず、日本がそれを知る手段は封じられているのだ。
これまで汚染源としてわかっている米軍基地とPFASを扱う工場周辺以外でも、新たな汚染源の存在も明らかになっている。岡山県の吉備中央町では、PFASを除去するために浄水場や工場などで使われたとみられる使用済み活性炭が山中に大量廃棄され、そこから漏れ出したPFASが周辺の地下水を汚染していることが確認された。PFOSは850度、PFOAは1,100度という高温で燃やさなければ分解されないが、工場や浄水場で使われた活性炭が本当に高温で焼却されているかどうかも分かっていない。法律で規制されていないため、調べる術がないのだ。
更に新たなPFAS汚染源として人工芝が浮上している。PFASは人工芝を製造する過程で使われているほか、人工芝の土台に使われるゴムチップにもPFASが含まれている場合が多いという。アメリカでは人工芝のグラウンドで長年プレーしてきたフィラデルフィア・フィリーズの元選手が多く脳腫瘍を発症していることが報道され、大きな問題となっているほか、サッカーチームでもとりわけゴールキーパーに血液がんの発症者が多く出ており、アメリカでは州レベルや市レベルで人工芝を禁止するところも相次いでいる。
ちなみに現在、東京の公立小中学校では人工芝の導入が急ピッチで進んでいる。また、外苑再開発にともない建て替えが決まっている日本ラグビーの聖地の秩父宮ラグビー場は、採算を重視するために屋根付きの人工芝グラウンドになることが予定されている。PFAS全般について日本の対応は大きく遅れているが、人工芝化の推進もPFASに対する問題意識の低さを浮き彫りにしていると言っていいだろう。
そもそも日本のPFAS規制の基準は海外より大幅に低い。日本は、2016年にアメリカが設定した水質基準であるPFOSとPFOAの合計4ng/Lを参考に、2020年にPFOSとPFOAの合計50ng/Lという値を設定したが、PFAS汚染の深刻さを扱った映画「ダーク・ウォーターズ」のヒットなどをきっかけにアメリカではPFASに対する懸念が高まり、今年になってアメリカはPFOA、PFOSに対してそれぞれ4ng/Lという極めて厳しい基準を設定しているが、日本は何とか50ngのまま据え置きにしようとしている。しかも日本は、一日の許容摂取量の基準を見ても、PFOSはアメリカの200倍、PFOAはアメリカの666倍と極めて緩い。
PFAS汚染はどこまで進んでいるのか、世界でPFASの危険性や深刻さが広く認識されるようになる中で、なぜ日本はPFAS規制の強化という世界的な潮流に背を向け続けるのかなどについて、ジャーナリストの諸永裕司氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。