2016年10月15日
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トランプが負けてもトランプ現象は終わらない

渡辺靖氏(慶應義塾大学環境情報学部教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第810回(2016年10月15日)

 オクトーバー・サプライズ。

 アメリカの大統領選挙は投票日直前の10月に、予想外の展開を見せることが多い。ここで候補者の過去のスキャンダルが浮上したり、ちょっとした失言などがあると、11月上旬の投票日までに失地を挽回する時間がないため、結果的にそれが命取りになるからだ。

 予備選挙から一貫して今年のアメリカ大統領選挙の根幹を揺るがしてきた「トランプ旋風」が、ここに来て大きな節目を迎えている。どうやら2016年の大統領選のオクトーバー・サプライズは1本の猥褻ビデオだったということになりそうだ。

 猥褻ビデオと言っても、何か衝撃的な映像が映っていたわけではない。その中身は共和党の大統領候補ドナルド・トランプが、テレビ番組のロケバスの中で女を口説き損ねた武勇伝や自分の女癖についてスタッフと軽口を叩いている音声が収録されているだけのビデオだ。

 しかし、このビデオが今回は決定打となった。これまで数々の暴言や差別発言を繰り返し、女性に対しても典型的な性差別的態度を隠さずに来たトランプだったが、ここまでの発言は計算があってのことだろうと思っている人も多かった。あえて暴言を吐くことで、メディアに話題を提供しつつ不満層に訴えるトランプの戦略を、評価する声すらあった。

 ところが、10年前に録画されたという1本のプライベートなビデオによって、トランプの一連の暴言がどうやら彼の本音だったらしいことが、白日の下に晒されることとなった。少なくとも、これまで恐る恐るトランプを支持してきた消極的な共和党のトランプ支持者の多くは、そう受け取ったようだ。

 9月に長年所得税を払っていなかった疑いが取り沙汰されて以来、翳りを見せていたトランプの支持率は、ビデオが公表されてから更に落下し、クリントンとの差が10%を超える世論調査も出てきた。投票日まで一か月を切ったこの段階での10%の差は、よほどのことがない限り決定的に見える。

 しかも、ビデオが公表されて以降、自分がトランプからセクハラを受けたとか、無理やりキスされた、体に触られたといった告発をする女性たちが、雨後の筍のように方々で出てきている。

 そうしたことを念頭に置くと、もはや大統領選挙自体は決したかに見える。

 本来であればそれは、アメリカの歴史上初の女性大統領の誕生を意味し、もう少し盛り上がりを見せてもいいはずだが、そうした雰囲気はほとんど感じられない。

 まず、民主党のヒラリー・クリントン候補も実に多くの問題を抱えているからだ。今回は敵失で漁夫の利を得た形になるクリントンだが、メール問題や健康問題など、通常の大統領選挙では十二分に致命的になり得る問題がいくつも浮上していた。党内の予備選でも身内の後押しで辛うじてバーニー・サンダース候補を下したことを含め、もう少しまともな対立候補が出ていれば、どうなっていたかもわからない薄氷を踏む選挙戦だった。

 しかも、クリントン対トランプの選挙戦が、表層的なスキャンダルネタでお互いを罵り合うネガティブ・キャンペーンに終始したため、クリントンの政策が十分有権者に浸透したとは言えない状態だ。それがクリントンの大統領就任後のリーダーシップにどう影響するかについても不安は多い。

 そして何よりも、トランプ現象が終わりそうにないことだ。今回の猥褻ビデオで共和党の重鎮から批判されたトランプは、むしろ態度を硬化させ、今までは党に配慮して大人しくしてきたが、これからは自分のやり方で選挙戦を戦うと宣言している。実際に、ビデオ問題が発覚して以降、トランプは「自分が大統領になったらクリントンを刑務所に送ってやる」とか、メディアが報じている自分のスキャンダルは全てデマで陰謀だなどと、持ち前の陰謀論を全開させるなど、何でもありモードに入っているように見える。

 アメリカウォッチャーで慶應大学教授の渡辺靖氏は、ビデオ問題が浮上して以降、トランプは自分の支持層を拡げるのを諦める一方で、コアな支持者を固める戦略に出ていると指摘する。それはトランプが大統領選挙後も、トランプ現象を率いていく覚悟を決めたことを意味している。

 実際トランプは選挙後、自らの選対チームを中心とするに、新しい保守系のメディアビジネスを立ち上げる構想が取り沙汰されている。クリントン政権にとっては選挙が終わった後も、トランプが率いる一大勢力が最大のリスクファクターになる可能性が否定できない。

 渡辺氏はトランプの影響力がどの程度温存されるかは、選挙戦でトランプがどの程度の支持を集められるかにかかっていると言う。確かに選挙で惨敗すれば、トランプの勢いにも一時的にブレーキがかかるかもしれない。しかし、一説には何があってもトランプを支える支持者が全米で1400万人はいるという。今回の大統領選挙でトランプの下に結集した、現状に不満を抱える保守的な一大勢力は、今後、アメリカの政治地図を根幹から塗り替える存在になっていく可能性は否定できない。

 トランプ現象のその後と、選挙後のアメリカ政治の見通しについて、渡辺氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

 
渡辺 靖わたなべ やすし
慶應義塾大学環境情報学部教授
1967年北海道生まれ。90年上智大学外国語学部卒業。92年ハーバード大学大学院東アジア地域研究科修士課程修了。97年同大学大学院人類学部博士課程修了。博士(社会人類学)。ケンブリッジ大学、英オックスフォード大学、ハーバード大学客員研究員などを経て、2006年より現職。著書に『アメリカのジレンマ 実験国家はどこへゆくのか』、『沈まぬアメリカ 拡散するソフト・パワーとその真価 』など。

 

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