「会社は誰のものか」論を嗤う

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第244回)

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公開日 2005年11月25日

ゲスト

経済産業研究所研究員

1966年兵庫県生まれ。89年東京大学工学部卒業。91年同大学大学院工学研究科修士課程修了。同年通商産業省に入省。98年シカゴ大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。経済産業研究所研究員、一橋大学教授、中央大学大学院客員教授などを経て2013年より現職。著書に『逃避の代償・物価下落と経済危機の解明』、共著に『ジャパン・クライシス-ハイパーインフレがこの国を滅ぼす』、『日本破綻を防ぐ2つのプラン』など。

著書

概要

 ライブドアのニッポン放送株買収劇に続き、村上ファンドが阪神電鉄株を取得し阪神タイガースの上場を求めたり、楽天がTBSの筆頭株主として経営統合を申し入れるなど、資本の論理が猛威を振るっている。また、それに呼応する形で、資本至上主義や株主主権論に対する異論も呈されるなど、この論争は日本の企業経営のあり方を根幹から問う問題になりつつある。
 しかし、一連のM&A騒動が真に問うているものは、果たして株主主権論の是非なのだろうか。マクロ経済学の専門家で企業論に詳しい小林氏は、今問われているのは健全な経営がなされているか否かであり、会社が誰のものかをめぐる議論はことの本質をついていないと説く。
 また小林氏は、そもそも会社は株主のものでもあると同時に、社員のものでもあり、そのどちらが欠けても会社は成り立たない以上、会社が誰のものかを論じることにはそれほどの意味はないとの立場を取る。
 しかし、とは言え、日本が本格的なM&A時代に入った今、私たちは資本の論理を企業経営における絶対的な価値として受け入れるのか、あるいはそれに変わる何らかの新たな価値基準を打ち出すことができるかが問われていることに変わりはない。
 日本もグローバル化の流れの中で、米英流の資本至上主義に突入するのは避けられないことなのか。そうすることで日本が失うものはないのか。日本の古い馴れ合い体質でもない、しかし株主主権論でもない、第三の道は残されていないのか。小林氏とともに考えた。

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