2014年11月29日
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マル激的総選挙の争点

大沢真理氏(東京大学社会科学研究所教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第712回

 安倍首相は今回の選挙を自ら「アベノミクスと問う選挙」と位置づけ、野党に対して「対案があるのなら出して見ろ」と言わんばかりの姿勢で選挙に臨む姿勢を打ち出している。
 しかし、言うまでもなく、選挙の争点が何であるかを決めるのは有権者だ。党利党略で憲法上も多いに疑義のある解散総選挙を年末の慌ただしい時期に仕掛けられた上に、その争点まで勝手に決められたのでは、国民はたまらない。
 特に有権者としては、安倍政治について、以下の2点で厳しい検証が必要だ。
 まずは、アベノミクスが本当に日本経済の立て直しに寄与しているのかという問いが一つ。そして、2つめが、2年間の安倍政権の是非を問うべき総選挙の争点が、本当にアベノミクスだけでいいのかという問題だ。
 まず、1点目のアベノミクスの評価については、安倍首相や自民党はアベノミクスが日本経済を正しい方向に導いている根拠として、賃金の上昇や有効求人倍率の高さなどを強調している。しかし、それが国民の実感とはかなりずれていることは、巷間たびたび指摘されているところだ。このずれは何を意味しているのか。
 社会政策が専門の大沢真理東京大学教授は、「安倍政権下で日本の実質賃金は低下し続けている。これは企業側が非正規雇用への転換を進めてきた結果だ」と、アベノミクス効果を真っ向から否定する。安倍政権の経済政策は企業側の論理を優先しているだけで、アベノミクスによって一握りの大企業だけが恩恵を受けているが、国民の大多数は日に日に貧しくなっているというのが現状だと言う。
 大沢氏によると2000年以降、特に小泉政権時と安倍政権時に非正規雇用の比率が大幅に伸びた結果、企業はコストの削減が可能になったかもしれないが、その一方で、貧困率の拡大、とりわけ若者の貧困が深刻な問題として浮上しているという。実際、雇用者の数は増えても、その大半は不安定かつ賃金も安い非正規雇用のため、個々の賃金は減少する結果となっている。そこに、アベノミクスの目玉の一つである「異次元」金融緩和に起因する円安、輸入原料高による物価高の拍車がかかるため、国民の生活は苦しくなる一方だというのだ。
 さらに大沢氏はこの選挙では自民党政権下で着々と進んできた社会保障の「逆機能」が問われなければならないと指摘する。本来であれば所得の再分配機能を果たすべき日本の社会保障制度は、高所得者には優しく低所得者ほど厳しくなるという逆進性を持つと大沢氏は言う。非正規雇用が加入している国民年金や国民健康保険は、所得に関係なく一律に掛け金が決められているため、所得が低い世帯ほど負担率が高くなってしまう。そしてその負担に耐えられない非正規雇用の労働者や低所得者層の中には現実に制度から脱落し、最低限の社会保障すら受けられなくなっている世帯が続出しているのが現状だ。
 結局、安倍政権も過去の自民党政権の大企業や富裕層の優遇政策を踏襲し、尚且つ、法人税減税などによってこれを加速させようとしている。この路線も当然、総選挙で問われるべき重要な争点となる。
 もう一つ、安倍政権の2年間を評価する際に、決して忘れてはならないのが、日本の安全保障政策の大転換だ。安倍政権は歴代の内閣が憲法9条の下では行使ができないとしてきた集団的自衛権の行使に道を拓いてしまった。また、日本が長らく平和国家としての象徴として守ってきた武器輸出三原則を緩和し、日本を武器が輸出できる国に変えてしまった。特に集団的自衛権の解釈改憲では、首相の私的懇談会に新たな憲法解釈を打ち出させ、それを国会に諮らずに閣議決定だけで強行するという、日本が国是としてきた憲法第9条の解釈を変更する手段としては、あまりにも民主的プロセスを無視した方法で、自らの個人的な思いを強行的に推し進めている。
 民主プロセスを無視した強行策という意味では、昨年12月に成立した特定秘密保護法も忘れてはならない。情報公開の点でも、公文書管理の点でも、先進国基準には遠く及ばない日本の政府が、秘密指定する権限だけは世界のどこの国の政府も持たないような無条件、無制限の秘密指定権限を手にしてしまった。野党、国民の反対も根強かったが、このような重要な法案を国会で十分な審議もせずに与党だけで強行採決してしまった。特定秘密保護法は総選挙の4日前の12月10日から施行されることになっている。
 一方で、教育分野においても安倍政権は重要な変更を行っている。いじめ問題への対応のまずさがきっかけだったはずの教育委員会制度の改革では、本来の目的をよそに首長の権限を拡大し、教育に対する政府の介入する余地を大幅に強化してしまった。また、教科書検定でも、新たな選定基準で政府の見解を記述することを求めるなど、事実上、教科書の国定化が行われてしまった。しかも、こうした教育に関する重大な変更は、教科書の選定基準の変更や学習主導要領の運用基準の変更といった、法律の変更を必要としない省令などによって実施されているため、国会の審議もなければ、その根拠が国民に十分に説明されることもない。こうした、民主的手続きの軽視も、安倍政権2年間の大きな特徴と言っていいだろう。
 原子力行政においては、安倍政権下でどうやら原子力ムラが完全復活したようだ。元経産省官僚の古賀茂明氏によると、今年4月に公表された新エネルギー基本計画において原発を重要なベースロード電源として位置づけたことで、福島の除染費用、今後の廃炉費用などそれまでは電力会社の責任で行うことになっていたものをすべて国が面倒を見るような政策になり、法律改正が進んでいるという。コテコテの原発推進派論者を新しい原子力規制委員会の委員に据えるなど、原発は再稼働のみならず、原子力ムラの復権、そしてさらなる強化に向けて、着々と布石が打たれた2年間でもあった。
 他にもメディアに対する政府の介入問題や、相次ぐ冤罪事件を受けて議論を始めながら、結果的に人質司法や密室司法を正当化しただけに終わった刑事司法改革、一向に取り締まりが行われないヘイトスピーチ問題など、安倍政権の2年間では日本の多くの問題が放置されたり、更にそれが悪い方向に進んでいると言わざるを得ない。
 安倍政権の下で日本はいい方向に向かっているのか。政権が唯一の拠り所とするアベノミクスも、このまま推し進めて大丈夫なのか。マル激がこの選挙の、そして2年間の安倍政治の実績の中で特に注目すべきと考えた政策的な論点を、ゲストの大沢真理氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
大沢 真理おおさわ まり
(東京大学社会科学研究所教授)
1953年群馬県生まれ。76年東京大学経済学部卒業。81年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。東京都立大学経済学部助教授、東京大学社会科学研究所助教授などを経て98年より現職。著書に『生活保障のガバナンス・ジェンダーとお金の流れで読み解く』、『現代日本の生活保障システム・座標とゆくえ』など。 711_ohsawa
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