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2019年01月05日公開

平成時代の終わりを新しい物語を始める契機に

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第926回)

完全版視聴について

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完全版視聴期間 2020年01月01日00時00分
(終了しました)

ゲスト

早稲田大学大学院政治学研究科非常勤講師・政治思想研究家
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1973年岐阜県生まれ。96年早稲田大学政治経済学部卒業。2005年同大学大学院政治学研究科政治学専攻博士後期課程単位取得退学。明治大学政治経済学部非常勤講師、東京医科歯科大学教養部専任講師などを経て13年より現職。著書に『〈平成〉の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか』、共著に『公共性の政治理論』など。

著書

概要

 平成最後の年が始まった。普段は元号などあまり意識しない人も、今年の正月だけはさまざまな感慨を持って迎えているのではないだろうか。

 巷にも「平成とは何だったのか」的なメディア企画が多く流れている。しかし、マル激ではむしろ過去を振り返るよりも、次の時代がどんな時代になるのかを展望してみたいと考えた。しかし、次の時代を展望するためには、どうしても平成とはどういう時代だったのかの総括が必要になる。そして、意外にも平成を総括するためには、さらに時代を遡り、昭和が何だったのかを考える必要があることが今回の議論でわかった。

 著書『<平成>の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか』の著者で政治思想研究者の藤井達夫氏は、平成を「もっぱら昭和の時代に作られた制度や規範を壊した時代」だったと定義する。

 戦後の日本が農業人口を工業に移転する「工業化」の過程で形成された終身雇用や社会保障など数々のセーフティネットが、経済の主役が工業からサービス業に移る「ポスト工業化」にシフトする中で次々と破壊され、ケインズ的な大きな政府・再分配政策から、ネオリベ(新自由主義)政策へ大きく舵が切られたのが平成だった。昭和から平成への改元が行われた1989年の2年後にはバブルが崩壊し、「日本は失われた10年」と呼ばれる時代に突入していくが、それは正に工業化に支えられた大きな政府=再分配政策=福祉国家が行き詰まっていたにもかかわらず、政治も経済も社会も、そして国民生活も、痛みの伴う制度改革を受け入れることができず、もがき苦しんだ10年だった。

 そして、2000年代に入り小泉政権が誕生したあたりから、待ったなしの財政危機の下、日本は遅れてきた新自由主義的な政策を積極的に取り入れ、規制緩和を一気に加速させることになる。

 一方、対外的には平成は冷戦の終結とほぼ時を一にする。平成元年にイラクがクウェートに侵攻し、翌年の1月に湾岸戦争が勃発する。冷戦が終わり、アメリカとの同盟関係の再定義を求められていた日本は、憲法上の制約から湾岸戦争に兵力を提供することができず、焦りを覚える。それ以来、自衛隊の海外派遣が日本にとって安全保障上の最大の懸案となった。冷戦の終結はアメリカ主導のグローバル化を推し進め、当初はグローバル化に慎重だった日本も、次第に国内的にも対外的にも規制緩和を推し進めざるを得なくなった。

 また、平成は元年に、前年に勃発したリクルート事件とその年の4月に導入された消費税の不人気などから、自民党が参院選で過半数割れに追い込まれ、政治の流動化が始まった。一連の「政治改革」のプロセスが始まるきっかけとなったのが、平成元年の参院選だった。つまり、平成時代とは、日本が小選挙区制の導入や政党交付金、省庁再編にNSCや内閣人事局制度の導入などを通じて、政治家個人から政党へ政党から首相官邸へと権限の委譲・集中を進めた30年でもあった。しかし、平成の日本は、集中した権力が暴走するリスクを明らかに甘く見積もってしまったと藤井氏は語る。

 藤井氏はまた、平成の時代にはポスト工業化とネオリベへの政策転換により、日本は昭和の時代に築いた規範や制度を徹底的に壊したが、その壊し方には偏りがあったと指摘する。

 1970年代に入り戦後の高度経済成長が終焉を迎えた時、大きな政府による福祉国家の道を継続していくことはもはや不可能だった。小さな政府への転換は不可欠だったと言っていいだろう。しかし、日本の新自由主義へのシフトでは、明らかに財界の意向が強く反映された結果、労働法制の改正などを通じて労働者のセーフティネットが排除されるなど、より多くの痛みが弱者に集まる規制緩和が実行された。その結果が、格差社会化であり社会の分断だったと藤井氏は語る。

 平成のポスト工業化社会では規制緩和と同時に個々人の自由も増大した。これは画一的で規律的な慣行からの解放という側面もあったが、同時にあらゆることを自分自身で選択・決定し、その結果、自己責任を問われることも意味していた。それは一人ひとりを不安に陥れ、他者に対する不信感を増大させた。

 不安の中を行き抜く方法として、われわれには3つの選択肢があると藤井氏は言う。それは、1)その状況を引き受けてより良い未来を信じて手探りで選択をしていく、2)威勢のいい政治家や偽られた伝統、歴史への依存など、フェイクでも何でも構わないので今の不安を取り除いてくれるものに依存する、3)無関心になる、の3つだという。しかし、2)から3)の至る過程が、正に物語の終焉であり、共同体の崩壊であり、社会の分断であることは論を待たない。

 今われわれが問われているのは、昭和を壊すことに費やされた30余年の平成の時代が終わった時、それに代わる新しい物語を作ることができるかどうかではないか。

 平成時代を「ポスト工業化」、「ネオリベ」、「格差社会」、「ポスト冷戦とグローバル化」、「五五年体制の終焉」、「日常の政治」の6つのキーワードで説明する藤井氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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