2015年9月12日
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マイナンバーで最悪のシナリオを避けるために

宮下紘氏(中央大学総合政策学部准教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第753回(2015年9月12日)

 刑務所の中で受刑囚たちは番号によって管理される。それはあえて彼らの尊厳を奪うことを目的に、意図的に行われていることだという。

 しかし、まもなく日本人は全員が、番号で管理されることになる。それがマイナンバーだ。

 いよいよ日本で、マイナンバー制度がスタートする。今年の10月1日から郵便による全国民への番号の通知が始まり、2016年1月から本格的に稼働することが法律で決まっている。

 マイナンバー制度は、国民一人一人に12桁の番号を割り当てて、税の徴収や社会保障の運用などに活用しようというもので、正式には税・社会番号制度と呼ばれる。基本的には国民一人ひとりに固有の番号を振り当てることで、所得を正確に把握し、それを公正な税の徴収や社会保障の給付につなげることを目的としている。そのため、さしあたり来年1月の制度開始にあたっては、行政がマイナンバーを活用できる分野は税と社会保障と災害対策の3つの分野に限定されることになっている。

 そう聞くと、マイナンバーが導入されてもそれほど大きな変化はないように感じるかもしれないが、実際には新たに割り振られる番号には、行政機関がすでに把握している個人情報がすべて統合される。その中には、住民票コードや基礎年金番号、運転免許証番号やパスポート番号などが含まれる。つまり、マイナンバーが導入されることで、これまで各省庁や地方公共団体がバラバラに把握していた個人に関する情報が、一纏めに紐付けされることで、行政としてはそれらの情報を交互に連携せることが可能になる。

 例えば、これまで税務署しか持っていなかった個人の納税情報と、地方自治体が扱っていた生活保護費の受給情報が紐づけされれば、不正受給が困難になるといった具合だ。

 税の公正化が図られることは結構なことだ。政府の広報も基本的にはマイナンバー導入の便益を強調している。しかし、個人に固有の番号があてがわれ、その番号の下に行政が把握するあらゆる情報を集約させていく制度は、あまりにも危険が大きい。

 そもそもマイナンバーは一人の人間が一生使うものだ。人生80年の間に、一人の人間に関して行政が得る情報は膨大なものになる。いくら法律で、当初は「税と社会保障と災害対策の3つの分野」以外には利用できないことを定めても、それだけの情報が行政のデータベースに蓄積され保管されることに変わりはない。問題は番号化そのものにあるのではなく、番号が導入されれることによって、番号の下に個人の一生分のあらゆるデータが串刺しされ、蓄積されるところにある。

 まず第一義的には集積された個人情報が漏えいするリスクがある。これは行政の担当者や作業を委託された事業者によって悪意を持って持ち出される場合もあるかもしれないし、ミスや外部からのハッキングによるものの場合もあるかもしれない。いずれにしても集積された1億2000万人分の一生の個人情報は宝の山だ。隙あらば情報を盗み取ろうとする人は後を絶たないだろうし、人間である以上、必ずミスはする。どれだけ万全を期しても情報漏えいの危険性は否定できない。

 しかし、この制度にはもう一つ別のリスクがある。それは法律自体が、今後、マイナンバーの使途を拡大していくことを計画していることだ。表現の自由やプライバシー問題に詳しい中央大学総合政策学部の宮下紘准教授によると、今回可決したマイナンバー法には附則があり、3年後には対象となる使用目的を増やしていくことが検討されることになっているのだという。当初の「税と社会保障と災害対策」の3分野以外にも、適用範囲を広げることが最初から計画されているのだ。

 検討対象の中には、個人情報に医療情報や金融情報を含めるかどうかや、集めた情報を民間に開放するかどうかが含まれているという。宮下氏は特に個人情報の中に病歴などの医療情報を含めることと、民間に個人情報へのアクセスを認めることはリスクが大きいと指摘する。

 個人の所得が把握できる徴税情報は企業のマーケッティング戦略上、貴重な情報になる。また個人の病歴は保険会社にとっては喉から手が出るほど欲しい情報だろう。しかし、こうした情報が民間に開示されれば、特定の疾病にかかりやすい病歴の人は保険料が高額になったり、保険そのものを契約できなくなるかもしれない。アメリカでは日本のマイナンバーに該当する「社会保障番号(SSN)」の下に集められた個人情報が民間でも売買され、個人の遺伝子情報までが流通するようになっているという。保険会社は顧客の遺伝子情報まで念頭に置いて保険料を決めているのだという。特定の遺伝子が、ガンやアルツハイマーへの罹患率を上げることが分かってきているからだ。

 時代がここまで来た以上、そろそろわれわれもプライバシーに対する基本的なスタンスを決めなければならない時が来ているのかもしれない。今日、世界ではプライバシーに関して、2つの潮流が存在すると宮下氏は言う。欧州型の人間の尊厳を尊重する流れと、アメリカ型の自由を重視する流れだ。

 ナチスやファシズムによる悲惨な過去を持つ欧州では、かつてナチスがプロファイリングによってユダヤ人を追跡し迫害した反省から個人を特定するようなプロファイリングに関わる情報の扱いに特に慎重で、個人情報の活用には、事前同意(オプト・イン)を原則としている。また、ドイツのように個人情報を束ねたり串刺しにすることを禁じていたり、濫用を防ぐために強い権限を持った外部監視機関を設けている場合もある。

 一方、自由を守ることが最優先のアメリカは、個人情報の取り扱いについても基本は自由で、使われたくない人は申し出るという事後離脱(オプト・アウト)を前提としている。そこにはプライバシーは各人が自己責任の下で自身で管理していくものという前提があり、個々人が自分のプライバシーを守ろうとする意識も高い。

 基本的には個人情報へのアクセスを制限し、本人が許可した場合だけ使えるようにしているのが欧州型で、基本的には無制限でアクセスが可能で、どうしても嫌な人はあらかじめ申し出る必要があるというのがアメリカということになる。それぞれに一長一短はあるが、個人の自由や尊厳に関わる最も根源的な価値観の問題である以上、それぞれの国民性が尊重された制度になっている。

 しかし翻って今回導入される日本のマイナンバー制度はどうか。宮下氏は日本にはまだプライバシーに関する確たる哲学が確立されていないため、どっちつかずの制度になっていると指摘する。それは欧州型、アメリカ型の双方から優れた点を転用することで、今後よりよい制度を作っていける可能性があることを意味する一方で、下手をするとどちらの価値も尊重されない最悪の制度になってしまう危険性も孕んでいるということになる。

 つまり、アメリカのように国民一人ひとりがプライバシーに対する強い意識を持つこともできず、かといって個人情報が濫用できない厳しい制度上の制約を設けたり、強い権限を持った監視機関を設置することもできなければ、結果的に行政にも民間にも個人のプライバシーが侵害され放題になってしまうというのが最悪のシナリオだ。

 繰り返しになるが、マイナンバー制度は単に国民に番号をあてがう制度でもなければ、税の社会保障の情報だけをデータベース化する制度でもない。当座の使用目的は税と社会保障などに限定されるとしても、マイナンバーの下に統合される個人情報は、基本的にこれまで行政が蓄積した個々人に関する情報のすべてだと考えていい。そして、そのデータベースへの情報の蓄積、管理は今後も一生涯続くことになる。それが全国民に対して行われるのだ。そのような巨大なビッグデータは管理方法を一歩誤れば、どれだけ大変な問題が生じるかは、想像に難くないはずだ。

 10月から始まるマイナンバー制度の仕組みやその問題点、最悪のシナリオを避けるために、今、われわれに何ができるのかなどついて、ゲストの宮下紘氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
宮下紘みやした ひろし
中央大学総合政策学部准教授
2007年一橋大学大学院法学研究科博士課程修了。駿河台大学法学部准教授、ハーバード大学ロースクール客員研究員等を経て13年より現職。法学博士。著書に『プライバシー権の復権・自由と尊厳の衝突』、『個人情報保護の施策・「過剰反応」の解消に向けて』など。 753_miyashita
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