北朝鮮問題に落としどころはあるのか
拓殖大学海外事情研究所国際協力学研究科特任教授
1949年兵庫県生まれ。72年慶應義塾大学法学部卒業。77年同大学大学院博士課程修了。75年防衛研修所(現、防衛庁防衛研究所)に任官。2011年退官。同年韓国・延世大学国際学部教授。13年4月より現職。著書に『恐るべき戦略家・金正日』『防衛庁教官の北朝鮮深層分析』共著に『日本の外交政策決定要因』など。
ミサイルを倉庫から出し入れしてみたり、発射台を上に向けてみたり、また下げてみたり。人口にして2400万人、一人あたりGDPが年間1000ドル(約10万円)あまりの国に、世界中が翻弄されまくっている。
北朝鮮は本気でミサイルを発射するのか。一体全体北朝鮮は何がしたいのか。なぜ世界はこうも簡単に北朝鮮に翻弄されてしまうのか。
金正恩が朝鮮労働党の第一書記に就任してから4月11日でちょうど丸1年が経過した。依然として強硬姿勢を崩さない北朝鮮だが、核実験に成功し、その後昨年末にミサイルの発射にも成功して以来、今年に入ってますます過激な動きを見せている。2月には3回目の核実験を実施したのに続いて、先月は朝鮮戦争休戦協定の白紙化を宣言し、韓国との不可侵合意すら破棄し、そして今月はミサイル発射を仄めかすなど、一見するとまるで戦争準備とも受け取れる動きまで見せている。国連安保理制裁決議も今のところ、北朝鮮を押しとどめる役には立っていない。
しかし、これまで北朝鮮は瀬戸際外交が得意な国とされ、ミサイルを撃つそぶりを見せながら相手から譲歩を引き出していくことにかけては、秀でていたかもしれないが、ここでミサイルを撃ってしまっては、北朝鮮には何の得にもならないようにも思える。
一体全体、北朝鮮の狙いは何なのか。
朝鮮半島情勢に詳しいゲストの武貞秀士氏(東北アジア国際戦略研究所・客員研究員)はわれわれは北朝鮮の真意を見誤り続けてきたと指摘する。北朝鮮は「体制の保証」を求めて核開発を行い、軍事力による示威行為を繰り返してきたと見られているが、武貞氏は「北朝鮮の言う『体制』とは、朝鮮半島全体、すなわち韓国との統一を含めた『体制』」を意味する」と分析する。この点を日本政府はもちろん、アメリカも周辺各国も理解できていなかった。それが結果的に、世界中が北朝鮮に振り回されることとなり、挙げ句の果てに気がつけば北朝鮮は核兵器もミサイルも保有する、もはや無視はできない国になってしまった。
対外交渉においても、十分に計算されたメッセージを的確に発することで、相手国の裏をかき、結果自らに有利になる展開に持ち込んできたと武貞氏は言う。どうやら、北朝鮮情勢をここまで緊迫させた原因の少なくとも一旦は、われわれの側に北朝鮮に対する大いなる誤解があるようだ。
われわれの多くが、「大飢饉による何万人もの餓死者」を出し、「多くの国民は瓦屋根の家にも住めない」ような北朝鮮が、高度な情報集積と優秀な人材が必要となる核・ミサイル開発など出来るはずもない、しばらく放っておけば国家は内部から崩壊するだろう、とたかをくくってきた。むしろ北朝鮮の現体制崩壊後の日本への影響を真剣に心配するような言説まであった。しかし現実は見事に裏切られ、遂に核による抑止力を手にした北朝鮮は、いまや沖縄の在日米軍基地を射程におさめるミサイル開発にも成功しつつあると言われている。これからはそれらの軍事力を背景に、ますます世界を翻弄し続ける可能性が十分にある。
北朝鮮のここ一連の攻勢は、金正恩なくしては語れないと武貞氏は言う。30歳にして大国アメリカをも手玉に取る金正恩とは一体何者なのか。一説によると海外留学なども経験してきたこれまでの経歴から、イデオロギーには拘泥せず、たとえ西側のものでも取り入れていく人物であるという。特にバスケットボールを愛好していて、先日、NBAの元スター選手、デニス・ロッドマンを平壌に招待したのは外交的な意図と同時に本人の好みも多分にあったと見られている。そして、そうした一見個人的な趣味と見られるような動きの中にも、対米メッセージを織り込んで、周到に計算された交渉術を見ることが出来るという。国内的には、祖父である故・金日成氏を彷彿とさせるスタイルを意識的に取り入れて、自らのカリスマ性を高めるような行為を随所で見せている。
過大評価は避けなければならないが、どうやら世界が北朝鮮にここまで振り回されるに至った原因の一端は、われわれが北朝鮮という国を過小評価し、甘く見てきたところにあったことは認めざるを得ないかもしれない。しかし、われわれは何を見誤ってきたのか。また、なぜそのような見誤りが生じたのか。そして最高指導者・金正恩とはいったい何者なのか。
北朝鮮の最新の動向を追いつつ、その背景を探りながら、そこから見えてくる対北朝鮮政策における失敗や、金正恩の人物像について、2年間の韓国での教員生活から帰国したばかりの武貞秀士氏を交えながら、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。