2013年7月20日
  • 文字サイズ
  • 印刷

なぜ原発が選挙の争点にならないのか

武田徹氏(ジャーナリスト)
マル激トーク・オン・ディマンド 第640回

 参議院通常選挙が21日に投票日を迎えるが、特に目立った政策論争もなく、ほぼ無風のなかで与党の優勢が伝えられている。各党とも公約を並べ懸命に支持を訴えてはいるが、なぜかどれも有権者に大きくは響いていないように見える。特に原発の問題は、有権者にとって社会保障や景気対策と比べて、遙かに優先順位の低い問題になっていることが、慶応大学の小林良彰教授の調査で明らかになっている。
 原発が選挙戦の争点になっていないことを見透かしたように、電力各社は今週相次いで原発の再稼働を申請しているが、日本はまだこれから原発をどうするかについての選択はしていない。民主党政権の下で、2030年代末までの原発ゼロを目指すことが一旦は決定したが、その後安倍政権になってその政策は白紙撤回されている。しかし、自民党は今回の選挙で、「安全と判断された原発の再稼働については、地元自治体の理解が得られるよう最大限の努力する」と当面の方針を示しているだけで、これから原発をどうしていくかについての明確な道筋は示していない。ちなみに、2012年12月の衆院選における自民党の公約は、「原子力に依存しなくてもよい経済・社会構造の確立を目指す」だった。
 そもそも景気のような「生活争点」については、どの党も景気がいいことが望ましいのが当たり前なため、選挙の争点にはなり難いはずだ。各党の政策にも明確な対立軸は見られない。むしろ原発政策のような「社会争点」こそが、「原発推進」と「脱原発」のような形で対立軸が明確になり、有権者にとっては政党を選ぶ判断材料になりやすい。にもかかわらず、原発が選挙の争点にならないのはなぜか。
 ジャーナリストで原発をめぐるメディアや世論の動向に詳しい武田徹氏は、原発が選挙の争点にならない理由として、原発論争が「絶対推進」と「絶対反対」の二項対立の図式に陥った結果、どちらも実際にはあり得ない選択肢しか提示できなくなっていることをあげる。結果的に、原発に対して明確な意思表示をしていない自民党が有利に選挙戦を進め、他のほぼすべての政党が明確に原発に反対しながら、いずれも自民党の後塵を拝する形になっている。「このままでは、原発をどうするのか議論が深まらないまま、“何となく原発大国”への道が復活してしまう」最悪のシナリオになりかねないと武田氏は現状を危惧する。
 武田氏はこの両者のかみ合わない議論の不毛さを、囚人のジレンマに喩えて解説する。囚人のジレンマとは、2人の人間が捕まった時、相手が先に自分を裏切るのではないかと疑心暗鬼に陥り、結局両方とも我先にと自白をしてしまうことを言う。双方が相手を信じ、どちらも最後まで自白をしなければ、2人とも無罪放免になるのに、という設定だ。最良の結果を望むなら、お互いが協力解を導き出すだろうという相互信頼が不可欠だ。そうなれば、推進側はこれまで固執してきた安全神話を捨て、より踏み込んだ安全対策や情報公開ができるようになるかもしれないし、反対派の方もただちにすべての原発を止めることを求めるのではなく、原発を漸減していく中で代替エネルギーに移行していくような妥協が成立できるはずだ。
 しかし、現実の原発をめぐる対立では根深い相互不信の結果、お互いにとって一番避けたい事態に陥っているのではないかと武田氏は言う。それはつまり、反対派が全ての原発の即時停止を求め、そこには一切妥協の余地がない姿勢で反対運動に邁進するのに対し、推進派は反対派につけ込まれないようにするために、不毛な安全神話を掲げながら、十分な安全対策を取らないまま、原発推進の道を突っ走るというものだ。
 福島の事故で、日本は原発の「残余のリスク」の大きさを十分に思い知ったはずだ。また、地震大国日本にとって、原発が更にリスクの高いものであることにも、異論を差し挟む余地はないはずだ。できるならば原発はないに越したことはないと思う人が日本人の大半を占めることも、各種世論調査からわかっている。
 しかし、同時にこれまで国策として推進してきた原発をゼロにするためには、それに依存する地元経済の問題や、代替エネルギー源をどうするのか、再生可能エネルギーへの移行期間に電気代の高騰をいかにして防ぐか、国際協調や対米関係など、多くの解決しなければならない難問が横たわっている。そうした問題への解決策を何一つ提示せずに、単に脱原発を叫んでいるだけでは、原発ゼロなど到底実現できないばかりか、下手をすると原発推進に手を貸すことにさえなりかねない。
 原発が選挙の争点にならない最大の理由は、原発の賛成、反対で議論が止まったまま、そうした数々の具体的な問題にどう対処していくかまで議論が至っていないところにあるのではないか。福島原発事故をきっかけに脱原発に舵を切ったドイツは原発の残余のリスクを科学的視点からだけではなく、倫理・哲学的な面からも徹底的に議論して合意形成をはかってきた。そして、何よりもドイツでは1990年代から電力の自由化を進め、それと並行して再生可能エネルギーを推進してきた。ドイツが脱原発に舵を切れたのは、単に原発反対の世論に押されたのではなく、脱原発を選ぶことで実際に生じる様々な問題に対する解決策が見えたからだったのだ。
 われわれは原発をめぐる不毛な二項対立の構図を残したまま、「なんとなく原発大国」への道を選んでしまうのか。今回の選挙では原発について現実的な脱原発のシナリオを提示している政党や候補者はいないのか。われわれはそれをきちんと見極めた上で投票する用意があるか。ゲストの武田徹氏とともに、ジャーナリストの神保哲生を社会学者の宮台真司が議論した。

  • ・国際世論調査
    モラルリーダーとしての地位を失い始めたアメリカ
 
武田 徹たけだ とおる
(ジャーナリスト)
1958年東京都生まれ。82年国際基督教大学教養学部卒業。89年同大学大学院比較文化研究科博士課程修了。84年二玄社嘱託として編集・執筆を担当、89年よりフリー。2007年より恵泉女学園大学人文学部教授を兼務。著書に『原発論議はなぜ不毛なのか』、『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』など。 640_takeda

 

安全保障関連法
沖縄米軍基地問題
スタッフ募集
  • 登録
  • 解除