2016年1月9日
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経済成長だけでは幸せにはなれない

平川克美氏(立教大学大学院特任教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第770回(2016年1月9日)

 2016年、マル激は「前提を問い直す=why not?」を年間のテーマに据え、社会が回るための前提を継続的に再確認してみたい。

 そして、その第一弾として新年最初の収録では、「小商いのすすめ」や「消費をやめる」などの著作を通じて、成長一辺倒の資本主義の病理を問い続けてきた平川克美氏をゲストに迎え、なぜ先進国では経済成長が真の豊かさをもたらすことができなくなっているのかを議論した。

 ここ数年、日本経済は安倍政権の下、金融緩和と公共事業を両輪とするアベノミクスを通してデフレ脱却を目指してきた。アベノミクスに対する評価は分かれるが、金融緩和による円安効果や原油安の助けもあり、その間、株価は上昇。大手企業の業績も改善を見せるなど、少なくとも数字上アベノミクスは一定の成果をあげてきたと言われる。

 しかし、その一方で、われわれの多くが、景気の上昇はもとより、豊かさや幸福感さえ実感できないでいるのも事実だ。

 平川氏は経済的な円熟期に入り、人口減少が始まっている今日の日本では、経済成長だけでわれわれの生活を豊かにすることはできないと指摘する。それは日本に限らず経済的に成熟した先進国では、もはや経済規模の拡大が自動的に豊かさをもたらす条件ではなくなっているからだ。

 日本は戦後、焼け野原から奇跡的な復興と成長を遂げた。1956年から73年までの高度成長期の日本は、年平均で9.1%という驚異的な経済成長を達成している。復興期の日本経済はまだ物質的にも欠乏状態にあり、経済的な成長がそのまま生活レベルの上昇を意味した。それは経済が成長すれば、自動的に生活が豊かになった時代だった。

 その後、オイルショックを経て74年から90年にかけて、成長のペースは落ちたものの、依然として日本は年平均4.2%の成長を実現し、その間、日本は本当の意味での成長の果実を享受した。家庭には家電製品が次々と導入され、家事に費やす時間は飛躍的に減少したことで、われわれは余暇の時間を持てるようになった。

 平川氏は高度成長期から安定成長期への移行期に日本では大きな価値の転換が起きたと指摘する。「心」から「物」へと主導権が移行したのだ。高度成長期はわれわれは生きるために働いた。しかし、その報酬としての豊かさを享受したことで、われわれの働く目的が、生きるためのものから、好きなものを買ったり、余暇を楽しんだりする「消費」のためのものへと変わった。生きるための労働が、カネのための労働になり、われわれはより多くの「物」を買うことによって、それまで以上に大きな満足を得ようとするようになった。

 生活と労働が一体だった時代は、生活のモラルがそのまま労働にも持ち込まれた。真面目に働くことが、そのまま真面目に生きていることの証だった。しかし、消費中心の経済の下では、欲望の拡大再生産が必要となる。生活に必要な商品が一通り揃った経済の中でさらなる消費を喚起するためには、企業は消費者の欲望を駆り立てることに腐心し、そうして刺激された際限なき欲望を満たすために、消費者はもっともっと働かなければならなくなる。しかし、物の消費をどれだけ繰り返しても、より大きな豊かさや幸せが得られるわけではない。

 経済を成長させるためには、経済全体の6割を占める消費の拡大が不可欠だ。しかし、消費者の欲望を刺激し、無理やり消費を拡大させたところで、それ自体が豊かさやより大きな幸福感をもたらすわけではない。

 しかし、戦後一貫した追求してきた経済成長が、もはや豊かさをもたらさないとしたら、これからの日本は何を目標にして進んでいけばいいのだろうか。

 平川氏は、日本は経済の規模を無理やり成長させなくても、社会を上手く回して循環させていくことで安定的な豊かさを享受できるような、「定常経済」のモデルを導入すべき時期に来ていると言う。定常状態とは、経済規模自体の拡大を目標とはしないが、世代交代や資本の更新を続けながら、新陳代謝を繰り返しつつ安定的に推移していく経済のことだ。

 有史以来日本は一貫して経済規模を拡大させてきた。経済成長はもはや神話と言っても過言ではない。しかし、経済成長の裏には常に人口の増加という大前提が存在した。歴史上初めて人口の減少局面に直面した今、われわれは成長神話を捨てられるかどうかが迫られているのだと平川氏は言う。

 「物」を中心とする規模の拡大から、倫理や心を重んじる新しい経済システムへ移行するための処方箋を、ゲストの平川克美氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
平川克美ひらかわ かつみ
立教大学大学院特任教授

1950年東京都生まれ。75年早稲田大学理工学部卒業。アーバン・トランスレーション代表取締役を経て、株式会社リナックスカフェ代表取締役。2011年より立教大学大学院特任教授を兼務。著書に『路地裏の資本主義』、『小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』など。 770_hirakawa
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