2014年8月2日
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アベノミクスが露わにした日本経済の病理

早川英男氏(元日本銀行理事・富士通総研エグゼクティブフェロー)
マル激トーク・オン・ディマンド 第694回

 政府は7月25日、消費者物価が前年の同じ月と比べて3.3%上昇していると発表した。ただし、物価の上昇自体は13カ月連続しているが、電気代などエネルギー価格の上昇率が若干低下してきたため、4月以降の消費税増税の影響を差し引くと純粋な伸び率は鈍ってきているという。安倍政権は2年間で物価上昇率2%というインフレターゲットを設定してこの1年半余り、アベノミクスと呼ばれる経済政策を実施してきたが、その効果はどれほどのものだったのだろうか。
 そもそもアベノミクスは、デフレ脱却を目指してまず第一の矢として実施された「異次元金融緩和政策」によって市場に資金を大量に供給し、2%のインフレ目標を定めることで市場をはじめ国民の期待感を刺激する一方、第二の矢の財政出動で公共投資を大幅に増やして景気を下支えしながら、第三の矢の成長戦略によって、日本経済を成長路線にいわば体質改善することを目指すという触れ込みだった。
 2012年に安倍政権が発足した時点で、日本の景気はすでに回復局面に差し掛かっており、たまたまアベノミクスがそのタイミングと重なった可能性は否定できないが、元日本銀行の理事で、金融政策に詳しいゲストの早川英男氏は、物価の下落が止まり、デフレから脱却しつつあるというのは間違いないと分析する。ただし、現在の物価上昇は、原材料価格の高騰や、商品・サービスの価格上昇、そして消費税増税など、明らかにコストプッシュ型の物価上昇であって、景気回復の結果、賃金が上がって物価が上昇するという自立的な経済成長とは異なると指摘する。
 たしかに物価の上昇に関しては異次元金融緩和が一定の効果をあげているようだ。しかし、リフレ派が主張するような、物価が上昇すれば全てがバラ色になるということは無いと早川氏は釘を刺す。しかも異次元金融緩和を一体どこまで続けるのか、物価が2%上昇したらやめるのか、果たしてやめられるのかという問題も大きいという。日銀の大量購入によって日本の国債は現在辛うじて低金利を維持できているが、日銀が金融緩和をやめたとたんに、国債の金利が上昇し、借金まみれの日本の財政を直撃することになると早川氏は分析する。
 では、どうすれば日本経済を健全な成長軌道に乗せることができるのか。アベノミクスが第3の矢と位置づける成長戦略が当然ながらその鍵になるが、早川氏はそもそも潜在成長率がかなり低下している日本経済を成長軌道に乗せるのは並大抵のことではないと警鐘を鳴らす。潜在成長率とは、文字通り経済成長の余地、余力のことだが、現在の日本のGDPが2008年のリーマンショック前と同じ規模であるにもかかわらず、失業率は改善されている。これは働ける人がフルに働いた状態で、ようやく失業率が高かった当時のGDPに並んでいるということであり、労働人口の減少を加味してもなお労働生産性がほとんど改善されておらず、潜在成長率が著しく低下していると推計できるという。
 経済が成長するためには、労働力を増やすか、投入する資本を増やすか、生産性を高めるかのいずれかを実現する必要がある。しかし早川氏によれば、日本は少子高齢化に伴う労働力の減少に見舞われ、民間の資本ストックの伸びも前年比1%程度まで低下していて、労働力と資本増強による成長は困難であることに加え、労働生産性を高めることで成長する道も厳しい状況にあるという。
 近年の日本経済の生産性を支えてきたのは民生用電子部品などを扱う電気産業だが、現在は国際的に見ても日本メーカーの凋落は明らかで、相当にその生産性を落としているという。とすると、もはや日本には成長の余力がほとんど残っていない可能性がある。アベノミクスの公共投資で一時的に潤っている土建業界は、最も労働生産性の低い産業であることを考えると、ここまでアベノミクスがやってきたことは全くのピント外れだった可能性が否定できない。本来は成長や生産性向上の余地のある部門に資金を集中投入することが成長戦略上不可欠であるにもかかわらず、もっとも非効率的な部門に巨額の公共投資を続けることは、まるで砂漠に水をまき続けているに等しい。そこから経済成長などが期待できようはずがない。
 確かに物価の下落は止まっている。しかしこれは内需が中心の景気回復傾向に過ぎず、膨大な財政赤字や労働力の減少、労働市場の逼迫など供給面での制約は強まる一方だ。しかも日本の潜在成長率はほぼゼロに等しい。これでアベノミクスがうまくいっていると評価するのは、あまりにも楽観的過ぎる。それでも早川氏は戦略的に資本や人材を投入すべき分野は、改訂版の成長戦略で示された医療改革分野や女性の労働関係分野などまだ残されているという。こうした分野にこそ、より効果的な成長戦略が必要であり、相応の資本を投入すべきだろう。
 このまま見せかけの景気回復に踊らされ、財政赤字は膨大に積み上がったまま、物価の上昇率が2%に到達し、金融緩和政策をやめる局面に直面した場合、本当の意味でのインフレが発生してしまいかねないと早川氏はいう。確かに国債価格が下落したからといって日本経済が即死するわけではないが、財政事情の悪化はより深刻化し、必要な改革が行われないまま日本全体がズルズルと「静かなる危機」に突入していくというシナリオは十分に考えられるというのだ。
 アベノミクスで日本経済はどう変わったのか。そしてこの先、どうなっていくのか。金融政策や成長戦略を参照しながら、アベノミクスによって明らかになってきた日本経済の今後についてゲストの早川英男氏とともに、経済学者の小幡績と社会学者の宮台真司が議論した。

 
早川 英男はやかわ ひでお
(東京大学名誉教授)
1954年愛知県生まれ。77年東京大学経済学部卒業。同年日本銀行に入行。調査統計局長、名古屋支店長、大阪支店長などを経て09年3月から13年3月まで日本銀行理事。13年3月同行を退職。同年4月より現職。  
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