日本人はまずパレスチナで何が起きてきたかを知らなければならない
国際政治学者、放送大学名誉教授
1951年福岡県生まれ。74年大阪外国語大学外国語学部卒業。76年米コロンビア大学大学院修士課程修了。79年同大学院博士課程単位取得。学習院大学非常勤講師、クウェート大学客員研究員、放送大学助教授などを経て2008年より現職。著書に『イスラム国の野望』、『イランとアメリカ 歴史から読む「愛と憎しみ」の構図』など。
中東でイランの存在感が増している。
昨年7月に核開発をめぐりイランがアメリカなどとの間で合意したことを受けて、長年同国を苦しめてきた制裁が解除され、イランの国際舞台への復帰がいよいよ本格化してきた。特にアメリカとの関係改善がイランの中東における発言力の高まりに大きく影響し始めている。
イランとアメリカは長年、対立関係にあった。1950年代からアメリカはイランの内政に干渉を続け、イランに対して様々な工作を行ってきた。1953年にはCIAが中心となって、クーデターを起こさせ、民主的な選挙で選ばれたモサデク政権を倒した上で、傀儡政権を打ち立てている。
こうした過剰な干渉がイラン国民の反発を招き、1979年、イランではイスラム原理主義革命が起こる。パーレビ王政の下で苦しめられてきた反体制勢力はテヘランのアメリカ大使館を、大使館員を人質に取った上で占拠し、それ以降、イランとアメリカの関係悪化は決定的となった。アメリカはその後、幾度となくイランに対する経済制裁を発動したため、イランは長年に渡り、国際社会から孤立させられた上に、経済的にも苦境を味わってきた。イランを牽制するために、アメリカは隣国イラクのサダム・フセインを支援し、間接的にイラン・イラク戦争まで仕掛けている。
一方、国際的な孤立を余儀なくされたイランが、その後、核開発に着手したことで、イランは北朝鮮、イラクと並びブッシュ大統領から「悪の枢軸」とまで罵られるようになった。
放送大学教授でイラン情勢に詳しい高橋和夫氏は、イラン側にはアメリカが仕掛けたクーデターによって自分たちが選んだ政権が潰されたことへの恨みが染みついている一方で、アメリカは大使館を占拠されたことで覇権国としてのプライドをずたずたにされた経験が尾を引き、両国の和解はこれまで一向に実現しなかったという。途中、アメリカが対イランで雪解けムードになると、イラン側に強硬な政権ができ、逆にイランに穏健な政権ができると、アメリカが強硬的だったりと、両国の間で歯車が合わなかったことも、関係改善が遅れた一因だったと高橋氏は指摘する。
それがここに来て、イラン側では、強硬路線だったアフマディネジャド前大統領に代わって穏健派のロウハニー氏が大統領に就任し、アメリカ側も「悪の枢軸」演説をしたブッシュ大統領に代わり、オバマ政権が誕生したことで、ようやく関係改善の環境が整った。1979年の大使館占拠をリアルタイムで知らない世代が、アメリカで人口の多数を占めるようになったことも、関係改善の一助となった。
しかし、国土、人口、石油資源、そして歴史とプライドと、あらゆる面で中東の盟主の条件を兼ね備えたイランが、制裁解除によって国際舞台に復帰すると、中東の勢力図に大きな変化が起きることが避けられない。特に、米・イラン関係の悪化を後目に、親米国として中東の盟主の地位を享受してきたサウジアラビアへの影響は大きい。親米スタンスを維持することと引き換えに、王政の維持を許され、原油輸出で王室が莫大な富を独占してきたサウジアラビアは、昨今の原油価格の下落も相まって、かつてない苦境に陥っている。
イランの台頭によって中東の勢力図はどう塗り変わるのか。アメリカの後ろ盾で強権的な王政を維持してきたサウジアラビアには、これからも現体制を維持できるのか。混乱するシリア情勢や中東の歴史などを参照しながら、ゲストの高橋和夫氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。