現行の働き方改革では教員の長時間労働はなくならない
愛知工業大学基礎教育センター教授
1959年広島県生まれ。1983年東京大学教育学部卒業、1988年同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。南山大学助教授、東京大学教育学部・教育学研究科助教授などを経て、2006年より現職。15年より日本教育学会会長。著書に『日本人のしつけは衰退したか』、『教育は何をなすべきか―能力・職業・市民』など。
今国会で森友学園問題追求の裏で着々と審議が進んでいる数々の法案の中に、重大な問題を抱えたものがあまりにも多いことを、ビデオニュース・ドットコムでは何度か指摘してきた。
その一つが、自民党が今国会での成立を目指している「家庭教育支援法案」だ。
これは保護者が子育ての意義への理解を深め喜びを実感できるように、自治体と地域住民などが連携して社会全体で支援することを謳ったもの。核家族化が進む昨今、国や地域ぐるみで家庭教育を支援することが緊要な課題だという問題意識の上に立ち、自民党を中心に議員立法で法案が作成され、現在は国会提出を待つばかりの状態にある。
しかし、この法案が何とも噴飯ものなのだ。
日本教育学会の会長を務める広田照幸・日本大学教授は、そもそも法案が前提としている「核家族化が進み、家庭内での親子関係が希薄になっている」などといった現象はまったく事実に反したもので、「思い込みで今の家庭や子供たちを決めつけて、そのうえで法律を改正しようというのが、現状認識で非常に大きな問題」だと指摘する。
さらに、これまで各家庭の判断に任されてきた家庭での教育に政府が口を挟むことは、戦前の悪しき伝統の復活につながる恐れがあり、よほど慎重になる必要があるとも語る。
要するに、そもそも前提が間違っている上に、本来は禁じ手である家庭内の問題に政府が手を突っ込む行為を可能にする法案が、今、堂々と審議されようとしているということだ。
広田氏は家庭教育支援という意味では、貧困家庭や本当に子供の教育の助けを必要としている家庭の支援は評価するとしている。「支援」の大義名分に紛れて、家庭内の教育のあり方にまで政府が口を挟もうとしている本音が透けて見えるところが、この法案のどうにも気持ち悪いところだ。
確かに、近年、核家族や共働き世帯の割合は増えている。しかし、これは戦後の高度成長期の一時期に専業主婦が増え、家庭内の役割分業が進んだ時代からの揺り戻しの面が強い。実際、大正時代は核家族の割合が5割を超える一方で、3世代以上の同居家族の割合は3割に過ぎなかったというデータもある。戦後になってからも、高度成長期前の日本女性の就労率は欧米諸国よりも高かったそうだ。
また、家族の絆が希薄になっているというのも、単なる思い込みの面が強い。世論調査で「一番大切なもの」に家族をあげる人の割合は、近年むしろ右肩上がりで増えている。実際、日本が高度経済成長を経て豊かになる前は、両親は仕事や家事に追われ、家庭内で子供とじっくり話をする時間など、ほとんどなかった。データを見る限り、近年、家族の絆は今までにないほど密になっているというのが実情なのだ。
広田氏によると、戦後は一貫して家庭教育には国や行政権力が立ち入ってはならないという考え方が維持されてきたが、2006年、第一次安倍政権下で改正された教育基本法の第10条2に、「国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない」との条文が加わったことで、家庭教育に政府が介入する根拠ができた。今回の家庭教育支援法の文言は、ほぼこの改正教育基本法10条の文言をそのまま踏襲している。
しかし、そもそも前提とする現象が事実に基づかない単なる思い込みに過ぎないにもかかわらず、これまで禁じ手とされてきた家庭教育に、「支援」の名目で国や自治体が手を突っ込もうとする法律まで作る安倍政権は一体、何がしたいのだろうか。
安倍政権の目指す教育の形とは何なのか、とは言え国が家庭教育に口出しをするとどういう影響が出るのかなどについて、広田氏とともにジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。