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2018年11月24日
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平和条約をめぐる日ロ両国の思惑と日本として譲れない一線

小泉悠氏(軍事アナリスト)
マル激トーク・オン・ディマンド 第920回(2018年11月24日)

 日露両国が平和条約締結に向けて、北方領土問題の決着に手を着け始めたようだ。

 安倍首相はプーチン大統領が提案してきた「1956年の日ソ共同宣言を基礎とする」ことに同意しているようなので、北方領土問題に関して日本はこれまで貫いてきた4島一括返還路線を放棄し、2島返還、もしくは2島+アルファに舵を切ったとみられる。

 さまざまな歴史的経緯があるとはいえ、日露は隣国だ。その隣国同士が、北の果ての島の領有権をめぐり70年以上も対立を続け、法律上は戦争状態さえ終結できていないというのは異常なことだ。いい加減、ここいらで決着をつけるべきだと感じている人は少なくないだろう。

 しかし、2島返還は日本にとってはこれまでの主張からの大きな譲歩になる。また、ロシアにとっては実効支配を続け、それなりに投資も行ってきた領土を日本に明け渡す以上、何らかの皮算用があるはずだ。

 軍事アナリストでロシアの政治・軍事情報に詳しい小泉悠氏は、領土問題を解決し、日本との平和条約締結を実現することのロシアにとっての最大のメリットは、それがアメリカに対する牽制になることだと分析する。

 トランプ大統領が「おれはプーチンという男が好きだ」などと語るなど、首脳間では仲がよいかのような印象を受けるアメリカとロシアの両国だが、実際は現在の米ロ関係は最悪の状態にあると小泉氏は言う。特にヨーロッパ側では、拡大したNATOとロシアの国境には双方ともに軍備を集結させており、その様は冷戦期を彷彿とさせるほどだ。

 そのロシアにとって、アメリカ陣営の最も弱いリンクが日本なのだと小泉氏は言う。クリミア半島への侵攻に対する国際的な制裁についても、米欧諸国が厳しい制裁を科しているのに対し、日本の対露制裁は遙かに弱いものにとどまっている。また、あまり一般には知られていないことだが、実は日本とロシアの軍事交流も盛んに行われている。日本がアジアにおけるアメリカの最大の同盟国であり大規模な米軍が駐留している割には、安倍首相とプーチン大統領との首脳関係も良好だ。

 ロシアと日本が領土問題を解決し平和条約を結ぶなどして、2国間関係がより緊密化すれば、ロシアにとってそれはアメリカの支配網に楔を打ち込む意味を持つとロシア側が考えている可能性が高いと、小泉氏はいう。

 また、ロシアは日本との関係をより緊密にすることで、中国を牽制する効果も期待していると小泉氏はいう。ロシアは依然として強い大国意識を持っており、中国がロシアを差し置いて世界の超大国になっていくことに、少なからず不快感を覚えている。米中の覇権争いが激化する中、両国の間でバランスに腐心することが必至な日本との関係を改善しておけば、東アジアにおけるロシアの存在感は自ずと大きくなる。

 しかし、その一方で、日本と平和条約を結ぶことが、直ちにロシアに何らかの大きなメリットをもたらすわけではないことは、ロシア側も十二分に理解しているはずだと小泉氏は指摘する。経済協力や投資についても、日露間に平和条約がないことがその足枷になっているとは思えないところがある。実際、平和条約がなくても、日本の企業はロシアに投資することは自由だ。それがあまり広がらない理由は、ロシアに投資してもあまり儲かりそうもないからであり、平和条約の存在がその状況を大きく変えるとは思えないと小泉氏は言う。

 そもそもロシアはソ連崩壊後の一時期は、経済的に苦境に陥ったが、その後、石油の輸出などで経済は息を吹き返し、少なくともかつてほど日本の経済力に依存する必要性はなくなっている。

 しかも、日本がこれまで「4島は日本固有の領土」で国内世論をまとめてきたのと同様に、ロシアはロシアで、4島ともロシアが正当に獲得した領土との立場を取り、実際に北方領土には多くのロシア人が入植している。たとえ面積で4島全体の7%に過ぎない色丹島と歯舞群島の2島だけとは言え、ロシアの領土を日本に返すことはロシア国内でも決してポピュラーではないと小泉氏は言う。実は2島返還の「引き分け」は、プーチン大統領にとっても一定のリスクがあることなのだ。

 だとすると、そこは要注意だ。プーチン大統領が突如として「無条件で平和条約交渉を進めよう」と言ってきている背後には、何か別の計算なり、皮算用がある可能性が高いからだ。

 一方の安倍首相は、最後の任期を迎え、このロシアとの平和条約締結に、かなり前のめりな印象を受ける。実際、右派からの支持の強い安倍政権でなければ、2島返還で妥結することは難しいのも事実だろう。しかし、ロシア側の事情を見る限り、たとえ2島とはいえ、何の条件もなくすんなり返してもくれるとは到底思えないところがある。

 平和条約攻勢に出たプーチンは何を取ろうとしているのか。ロシアが何か条件を出してきた時、日本にとって譲れない一線とはどこなのか。ロシア情勢に詳しく、9月19日から23日に掛けて内閣府が主催した北方領土ビザなし訪問団の一員として国後島と択捉島を訪問してきた小泉氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

 
小泉 悠(こいずみ ゆう)
軍事アナリスト・公益財団法人未来工学研究所研究員
1982年千葉県生まれ。2005年早稲田大学社会科学部卒業。07年同大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業勤務、外務省国際情報統括官組織専門分析員などを経て11年より現職。著書に『軍事大国ロシア』、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』など。

 

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