安価に魚が買える背景にある人権を無視した漁業の存在を知ってほしい
WWFジャパン自然保護室海洋水産グループ パブリック・アウトリーチオフィサー
1963年東京都生まれ。87年早稲田大学商学部卒業。同年、マルハニチロ株式会社(現Umios株式会社)に入社。海外買付けを担当し、2025年退職。23年、Fisk Japan株式会社を設立し、現職。東京海洋大学特任教授を兼務。著書に『日本の漁業が崩壊する本当の理由』、『魚はどこに消えた?』など。
サンマが高い。サバが小さい。スーパーの鮮魚売り場で「最近、魚が変わった」と感じている人は少なくないはずだ。
第44回セーブアースでは、もったいない日本の漁業と魚の価値というテーマで、Fisk Japan代表で漁業ジャーナリストの片野歩氏と議論した。
片野氏は長年にわたり海外で魚の買い付けに携わり、北欧や北米の漁業現場を間近で見てきた経験から、日本漁業が抱える構造的な問題を発信し続けてきた人物である。
日本の魚が減っていることは中学の教科書にも載っており、日本人にとっては既によく知られた事実だろう。しかし片野氏は、世界の水産生産量は増え続けているにもかかわらず、日本だけが減り続けているという重要な事実をデータを元に指摘する。
世界全体で見れば、天然漁業の漁獲量こそほぼ横ばいだが、養殖の急成長によって水産物の総供給量は一貫して増加している。ところが日本だけは、1980年代に1200万トン近くあった漁獲量が、現在では400万トンを切る水準にまで激減しているのだ。
世界が成長を続けるなかで、日本の漁業だけが「ひとり負け」の状態に陥っているのはなぜか。
日本国内ではこの衰退の原因として、「魚離れ」「漁業者の高齢化」「200海里規制」がしばしば挙げられる。しかし片野氏は、これらは本質ではないと言い切る。最大の問題は、日本人が小さい魚を獲りすぎていることにあるというのだ。
実際、市場には5センチほどのマダイの稚魚や、「ロウソクサバ」と呼ばれる細い幼魚までもが並ぶようになっている。卵を産む前の0歳魚や1歳魚が、次世代を残す前に根こそぎ漁獲されている。これでは資源が増えるはずがない。
しかも問題は、こうして獲られた小型サバの多くが、人間の食用ですらないという点にある。養殖魚の餌や、海外向けの安価な輸出品として処理されているのが実態なのだ。
片野氏によれば、日本産サバの輸出価格はノルウェー産サバのおよそ3分の1である。その一方で、日本人は脂の乗ったノルウェー産サバを高値で輸入して食べている。
「昔は逆だったんです。日本のサバのほうがずっと高級魚でした」
片野氏のこの言葉は、本来価値の高いはずの魚を、日本が自ら小さいうちに安く売り飛ばしてしまっている現状を象徴している。
これに対し、北欧の発想はまったく違う。
ノルウェーでは小さい魚を獲ることが厳しく制限されており、漁の主役はあくまで成熟した大型魚だ。サバを8歳から10歳程度まで育ててから獲ることも珍しくないという。
日本が0歳魚を獲り、北欧が10歳魚を獲る。これでは魚の価値に大きな差が出るのは当然である。
しかも北欧では、資源が減れば数年単位の禁漁も辞さない。短期的な漁獲利益よりも、将来にわたって獲り続けられる状態を維持することのほうが優先されているのだ。
その結果、北欧の漁業は高収益産業へと変貌した。アイスランドでは、漁船員の年収が数千万円規模に達するケースもあるという。
魚さえ豊富にあれば、加工も物流も観光もすべてが潤う。魚を守ることは単なる環境保護の問題ではない。地域経済そのものを守ることでもある。
それに対して日本では、「外国船が悪い」「海水温が上がったせいだ」という説明が繰り返されてきた。しかし片野氏は、人間がコントロールできるのは漁獲量だけだと強調する。海水温は変えられない。しかし、どれだけ魚を獲るかは変えられる。
事実、外国船がほとんど関係しない瀬戸内海でも、漁獲量は大きく減少している。問題の本質は、日本自身の資源管理にこそあるのだ。
もちろん、すべてが手遅れというわけではない。国際的な規制が導入されたクロマグロは、現に資源が回復しつつある。きちんと管理すれば魚は戻る。それはすでに実証済みなのだ。
日本の魚は本当はもっと価値がある。そう訴える片野氏とともに、小さいうちに獲って安く売り続けるのか、それとも大きく育てて高い価値を生み出すのか、日本の海を取り巻くもったいない現状について、環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。