非現実的な第7次エネルギー基本計画を検証する
一般社団法人Climate Integrate代表理事
1970年熊本県生まれ。93年聖心女子大学文学部卒業。2019年早稲田大学社会科学研究科博士課程修了。博士(社会科学)。出版社、米・環境NGO「Climate Institute」を経て、1998年NPO法人「気候ネットワーク」に設立時より参加。同法人東京事務所長、国際ディレクターを経て、2022年一般社団法人「Climate Integrate」を設立し代表理事に就任。21年ゴールドマン環境賞受賞。立教大学環境学部客員教授を兼務。著書に『気候変動と政治』、共著に『気候変動を学ぼう』など。
関東で梅雨明けが発表された翌日の収録となった今月のセーブアースのテーマは猛暑だ。
気象庁は今年から、最高気温40度以上の日を「酷暑日」と呼ぶことにしたという。思い返せば、日本には元々夏日という言葉しかなかった。それが1967年頃から真夏日が、そして2007年には猛暑日が設定された。そして遂に2026年は酷暑日を設定しなければならなくなった。暑さを表す言葉を次々に発明しなければ現実に追いつかない。この言葉の変遷そのものが、地球が確実に熱くなっていることの動かぬ証拠と言っていい。
ゲストの平田仁子氏がまず示したのは、人為起源の温室効果ガス排出量のグラフだった。年間577億トン。人間活動が気候変動を引き起こしていることは、科学的には「これ以上疑いようがない」水準まで明確になっている。にもかかわらず、1990年に問題が国際的に指摘されて以来、排出は減るどころか増え続けてきた。コロナ禍で経済活動が止まった時期に一時的に減少したが、その後の反動で元に戻ってしまったことは記憶に新しい。
ここでまず問わなければならないのは、なぜ35年間、分かっていながら止められなかったのかということだ。知識が足りなかったのではない。技術がなかったのでもない。世界の平均気温の上昇を産業革命前の1.5度上昇までに抑えるには、2035年までに地球全体の二酸化炭素の排出量を250億トン程度、つまり現在の半分以下にする必要がある。残された時間は10年ほどしかない。それでも平田氏は「できるかできないかではなく、やる気になって実行するかどうか」と語る。実現への道筋を示したレポートは、すでにいくつも存在している。つまりこれは能力の問題ではなく、意思の問題なのだ。
現実は厳しい。世界の平均気温はすでに1.5度上昇の水準に達し、各国が現在の政策を続けた場合、今世紀末には2.8度上昇に向かうと予測されている。南極やグリーンランドの氷床、サンゴ礁、海洋の熱塩循環など、一度超えれば後戻りができない「ティッピングポイント」を超えつつある。1.5度どころか、2度の上昇すら止められないだろうと悲観する科学者も多い。
酷暑は日本だけの現象ではない。この6月、欧州は前例のない熱波に見舞われ、海水温も記録的な高さとなった。番組では7月9日にスペイン南部アルメリアで発生し、13人が犠牲となった山火事の映像も紹介された。カナダの山火事の煙は米国にも流れ込み、約1億人が大気汚染の影響を受けたとされる。日本でも今後、山火事が増える可能性は十分にあり、直接の被害だけでなく、煙による大気汚染と健康被害まで視野に入れておく必要がある。
では日本は何をすればいいのか。日本の排出削減の話になると、必ず出てくるのが「日本排出量は世界全体の排出量のわずか3%に過ぎない」という声だ。だが、この理屈は二重に成り立たない。
第一に、日本は依然として排出量で世界第5位の排出大国だ。第二に、統計上「その他」に括られる190カ国あまりが同じ理屈を口にすれば、それだけで中国に匹敵する規模の排出が正当化されてしまう。全員が「自分は小さい」と言い張れば、誰も削減しなくてよいことになる。3%論はそのような責任逃れの論理を代表している。
むしろ平田氏が指摘するのは、東南アジアへの経済的影響力を持つ日本が脱炭素を進めれば、それ自体が世界のモデルになりうるという点だ。日本には「3%だからやらない」ではなく、「5位の大国だからこそやる」立場が求められている。
ところが昨今の国内の実態は、モデルどころか逆行が目立つ。G7の中で最も石炭に依存しているのは、実は日本だ。米国よりもドイツよりも多い。しかもその石炭はほぼ全量が輸入である。老朽石炭火力を順次止めていくという従来方針も、高市政権の下で転換され、エネルギー危機への対応を名目に、むしろ石炭が増やされている。
その一方で、再生可能エネルギーの新規導入量は減少が続き、風力はほとんど伸びていない。世界では太陽光の発電量が天然ガスを上回り、パキスタンのような国でさえ屋根置き太陽光が急増している。その世界の潮流と、日本の停滞との対照は際立っている。
しかし、悲観材料ばかりではない。平田氏らが実施した世論調査では、約7割が再生可能エネルギーを支持し、その支持は原子力を上回った。SNS上で目立つ「反再エネ」の声は、実際の世論と大きくずれている。声の大きさと世論の分布を混同してはならない。
技術的な条件も整いつつある。太陽光は屋根の10%と農地の7%、国土のわずか1%程度を使えば、2050年に必要とされる400ギガワットをまかなえるという試算がある。蓄電池価格の低下により、昼の電力で夜をつなぐことも現実的になってきた。足りないのは資源でも技術でも世論でもない。それを束ねて実行に移す政治の意思だ。
もちろん、個人にできることに限界はある。1人がエアコンの設定温度を上げただけでは、577億トンは減らない。だが番組で強調されたのは、個人の力は「我慢」ではなく「選択」と「声」にあるという点だ。再エネ由来の電力を選ぶ。次の車をEVにする、あるいはカーシェアに切り替える。省エネ性能で製品を選ぶ。そして支持する政策や企業に意思表示をする。一つひとつの行動の影響は小さくても、それが集まれば市場へのシグナルとなり、企業の行動と政治の判断を動かす。世論の7割が再エネを支持しているという事実は、その声がまだ十分に届いていないことの裏返しでもある。
40度の夏はもはや異常ではなく、日常になりつつある。その現実を前に、エアコンの効いた部屋から暑さに文句を言うだけの夏にするのか。それとも「私はこれをやった」と語り合える夏にするのか。それが問われている。気候危機の現状と日本のエネルギー政策の課題について、気候変動政策が専門の平田仁子氏と、環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。