日本人はまずパレスチナで何が起きてきたかを知らなければならない
国際政治学者、放送大学名誉教授
1948年米国ユタ州生まれ。70年ユタ大学政治学部卒。79年政治学博士(ハーバード大学)。ハーバード大学政治学部講師、プリンストン大学教授、ワシントン戦略国際問題研究所(CSIS)日本部長、駐日米大使特別補佐官などを経て、03年より現職。同大学大学院エドウィン・O・ライシャワー東アジア研究センター所長を兼務。著書に『米軍再編の政治学』、『アジア危機の構図』、『自民党長期政権の研究』など。
8月15日、日本は63回目の終戦記念日を迎えたが、終戦とともに日本に進駐してきたのが、マッカーサー元帥率いる米軍だった。以来米軍は、日本に駐留を続けている。しかし、世界40カ国に800以上もの基地を維持してきた米国は、冷戦の終結や軍事技術の発達によって、現在欧州やアジアの基地の整理縮小を進めている。9.11以降のテロとの戦いを理由に軍備を増強している中東・イスラム圏を例外とすると、既にアジアではフィリピンからは完全撤退し、在韓米軍も縮小傾向にある。米軍が世界から次々と撤退する中で、米軍の日本国内のプレゼンスは一向に縮小の兆しが見えないのはなぜか。新著『米軍再編の政治学』で米軍基地の現状を問うたジョンズ・ホプキンス大学大学院ケント・カルダー教授とともに議論した。
第二次大戦後の世界は、米国の基地が世界に点在している現状をそれほど違和感なく受け入れているようだが、そもそも主権国家の国内に外国の軍事基地が存在する状況は、第二次大戦後に出現した歴史的に見ても極めて稀な状況であるとカルダー氏は指摘する。
もともと海外基地の起源はローマやペルシアの帝国時代にさかのぼる。大航海時代にはスペインやオランダ、英国など海軍力で世界を支配した帝国が、艦船の補給基地や資源確保の拠点として、海外に基地を持った。現在の米軍基地は、英国が世界に張り巡らしたこれらの基地ネットワークを、第一次大戦後に譲り受けたものが多いが、過去の軍事基地はいずれも帝国の領土内に限られ、現在の米軍基地のように同盟国の領土内に外国の軍隊を駐留させることは、第二次大戦前はほとんどなかった。
第二次大戦時、米国は英国やフランスなど連合国内に基地を展開し、ドイツやイタリア、日本の敗戦国内には占領のための基地を作った。占領が軌道に乗ると順次基地の縮小を行い、軍隊を撤退させていった。カルダー氏は、当初米国は長期にわたって日本に基地を持つことは考えていなかったという。
しかし、1950年の朝鮮戦争勃発で事態は一変した。中国に支援された北朝鮮軍の侵攻を許したトラウマとソ連の原爆の保持で、米国の海外基地戦略は抜本的な変更を余儀なくされたと、カルダー氏は語る。その結果、ソ連や中国など共産圏を封じ込める戦略的な役割を担った基地が、ドイツ、イタリア、スペイン、日本、韓国、フィリピンなどで建設されていった。1970年代には、石油ショックを契機に資源輸送のルートとしてのシーレーン防衛の概念が重視されるようになり、海外基地の役割が拡充されていった。
しかし、冷戦の終結とともに、対共産圏包囲網としての基地の戦略的価値は低下し、再び基地の整備・縮小がはじまった。いわゆる米軍の再編だ。
ところが、現在、世界各国で米軍の縮小・撤退が進む中、在日米軍は一向に縮小の兆しが見えない。カルダー氏は現在、米軍の海外基地は、地政学的な理由や戦略的な理由よりも、基地存置国と受入国の政治的な状況によって存続か否かが決定されていると語る。日本は、「解放者」として進駐した米軍との関係が良好だった上、政変がなく政権が安定していること、手厚い思いやり予算、そして、基地周辺住民との軋轢を減らす防衛施設庁などの充実した管理体制などがあり、政治的に基地が存続しやすい状況にあるため、基地の縮小が進んでいないとカルダー氏は分析する。
現在、米国は、長引くテロとの戦いに疲弊し、財政赤字が膨らみ、基軸通貨としてのドルの地位低下が大きくのしかかっている。世界最強の軍事力を誇りながらも、全世界に点在する基地を維持することに大きな負担を感じている。今後、米国国内の事情により基地の縮小・撤退が進む可能性が高い。日本でも、今後政権交代があり、思いやり予算の減額や地位協定の改定など、政治状況に変化が生じた場合、米軍基地の撤退や再編が加速する可能性が高いとカルダー氏は指摘する。
第二次大戦後、世界に展開してきた米軍基地は今後どうなるのか。米軍再編が進む一方、なぜ、日本の米軍基地は整理縮小されないのか。基地の歴史や機能を検証しながら、米軍基地の今後を議論した。