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2014年05月17日公開

攻撃されなくても武力を使える国に日本を変えるのか

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第683回)

完全版視聴について

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完全版視聴期間 2020年01月01日00時00分
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ゲスト

1973年生まれ。95年国際基督教大学教養学部卒業。98年東京大学大学院修士課程修了。2003年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得満期退学。信州大学経済学部助教授、成城大学法学部准教授などを経て11年より現職。著書に『国家安全保障基本法批判』、『憲法を守るのは誰か』、共著に『改憲の何が問題か』など。

著書

概要

 安倍首相は5月15日の記者会見で、集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈変更の検討に入る意思を表明した。これは首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の同日付の提言を受けたものだった。

 首相のお友達集団を揶揄されるなど、元々首相に近く、もとより集団的自衛権行使に積極的な学者や元官僚らから成る安保法制懇は、従来、日本国憲法の枠内とされてきた自衛のための「必要最小限度」の実力行使の中に集団的自衛権の行使も含まれるという新たな解釈を示し、その行使も認めるべきなどと提言していた。形式的には安倍首相がその提言を受け入れる形をとっているが、そもそも安保法制懇自体が首相の私的アドバイザーの集まりであり、その人選は首相の意に沿って行われている。私的アドバイザー集団が首相の思いを実現するための提言を出したと考えるのが妥当だろう。

 しかし、それにしても戦後の方向性を根底から変えるといっても過言ではない過激な提言が、何の法的根拠もない首相の私的アドバイザーから出され、ただちに首相が記者会見でその受け入れを発表する。そして、首相が選んだ閣僚からなる閣議においてそれが閣議決定されれば、事実上の憲法改正を意味する日本の安全保障の基本的枠組みができてしまうというのは、あまりに安直に過ぎないか。今、日本が、戦後70年かけて脈々と築いてきた平和国家としての「戦後実績」の方向性を根底から変えようとしていることは、厳しく認識しておく必要があるだろう。

 ただし、正当な手続きに則り憲法を改正するのならまだわかる。しかし、今回の「解釈改憲」と銘打った事実上の改憲は、解釈改憲という姑息な「裏口入学」を使っているが故に、国会や国民が参加する余地がほとんどない。しかも、十分なチェックが入らないために、今どうしても憲法解釈を変えなければならない理由やその政策意図がはっきりしないところが問題なのだ。

 会見で安倍総理はパネルを使いながら、「在外邦人を移送する米艦艇の警護」や「PKO活動中のNPOらに対する駆け付け警護」のケースを例に取り、「このような場合でも、日本人自身が攻撃を受けていなければ、日本人が乗っているこの米国の船を、日本の自衛隊は守ることができない」「一緒に平和構築のために自衛隊とともに汗を流している他国の部隊から『救助してもらいたい』と連絡を受けても、日本の自衛隊は彼を見捨てるしかない。これが現実なんです」などと、身振り手振りを加えながら憲法解釈の変更の必要性を訴えた。用意されたパネルにも、米国艦船に日本人の老人や子どもが乗っている絵が描かれるなど、明らかに解釈改憲への理解を国民の情緒に訴えることで得ようとしていることは明らかだった。

 しかし、学習院大学教授で憲法学者の青井未帆氏は首相が示した米艦艇の警護や駆け付け警護が、果たして集団的自衛権の行使と言えるものなのかについて疑問を呈する。日本人が乗船している艦艇が他国からの攻撃を受ければ、それがどこの国の船であっても日本は武力を用いてもそれを守る権利がある。集団的自衛権を持ち出すまでもなく、個別的自衛権の範囲内で十分対応できるものだ。

 そもそも、自国が攻撃を受けた場合にのみ武力行使を認める個別的自衛権に対して、集団的自衛権とは「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」と定義される。これは日本が戦後一貫して守ってきた専守防衛の考え方とは根本的に異なる。自国が攻撃を受けた場合にのみ最小限度の武力の使用を認める専守防衛は、日本国憲法第9条によって武力行使が基本的に禁じられている中での、最低限の自衛権と解釈されてきた。そして、具体的には日本における自衛権の発動には(1)我が国に対する急迫不正の侵害があること(2)これを排除するために他の適当な手段がないこと(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、という3要件が課せられてきた。

 ところが今回、自衛のための「必要最小限度」の中に集団的自衛権の行使も含まれるという斬新な解釈が有識者から出され、首相がそれを受け入れる意思を発表してしまった。これによって武力行使の条件も変わり、事実上日本の武力行使には歯止めがなくなってしまったことになる。首相は実際には個別的自衛権でも対応できるような事例を引き合いに出しながら、わざわざ挿絵まで用意して情緒的な言葉を駆使し、個別・集団の一線を越える必要性を訴える。しかし、それは憲法解釈の変更さえ認めてもらえれば、実際には安倍政権としてはその程度のことしかやる意思はありませんという意思表示なのか、それとも、あえて些細な事例を出すことで、実際に日本が武力を使って何でもできるようになるという事実を覆い隠そうとしているのか、その真意は定かではない。

 青井氏は首相会見における解釈改憲の意思表明によって、日本には安全保障政策の枠を大きく超えた新たな危機的局面が生まれつつあるのではないかと警鐘を鳴らす。これまで日本の立憲主義を支えてきた、政府内部における内閣法制局の法解釈とその権威性が地に墜ち、従来のような固定化した静態的(スタティック)な法解釈に代わって、法解釈の多元性や複数の解釈を認めようという動態的(ダイナミック)な法秩序が出現する兆候が感じられると青井氏はいう。その善し悪しは議論のあるところだが、そのような変化が避けられないのであれば、われわれはこうした新たな事態に対応するため、国会や裁判所の機能強化を含む、これまでとは異なる法秩序安定化のメカニズムを急いで構築する必要があるのではないかと青井氏は指摘する。

 従来の法解釈でも十分に対応できる事例を引きながら、憲法解釈の変更に並々ならぬ強い意思表示をして見せる安倍首相の真意は誰にもわからない。しかし、その真意が何であろうが、その影響は安全保障分野にとどまらず、われわれの生活全般に及ぶ可能性がある。安全保障政策は国家の根幹を成すものと言われて久しいが、それ故にそこにおける政治文化の変更は当然、他の国民生活のあらゆる分野に波及していく。その事の影響もわれわれはしっかりと見極めなければならないだろう。

 個別的自衛権か集団的自衛権かの矮小化された議論を超え、これから日本はどうするべきなのか、安倍首相の考える方向性で日本は本当にいいのかなどを、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司がゲストの青井未帆氏とともに議論した。

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