2007年3月26日
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日本が「子供を作りたくない国」であるこれだけの理由

渥美由喜氏(富士通総研主任研究員)
マル激トーク・オン・ディマンド 第312回

 日本の出生率低下に歯止めがかからない。1人の女性が生涯に生む子供の数を示す指数が、2004年の1.28から2005年に1.26と最低を更新した。2006年は1.3台に回復する見込みであることを政府はしきりと喧伝しているが、その実態は団塊ジュニア世代が出産期を迎えたことからくる一時的な現象である可能性が高い。日本の少子化傾向は未だに続いていると見られる。平均寿命の延長などを除いた単純計算で、この数字が2を下回れば、その国の人口は減少していくことになる。
 出生率の低下は国力の最も基本的な源泉となる人口を縮小させる。国立社会保障人口問題研究所の予測では、このまま低い出生率が続けば、現在1億2000万ある日本の総人口は2050年までに1億人、2100年には5000万人を割り込むところまで減少するという。その間、子供が生まれない一方で、高齢者の数は増え続けるため、日本はまさに「老人の国」への道をまっしぐらに進んでいるというのが現状だ。
 しかし、それにしてもなぜ日本人は子供を作らなくなったのか。少子化問題の専門家で政府の少子化社会対策推進会議の委員を務める渥美由喜氏は、団塊世代の大量退職や子育ての経済的負担の増加で、少子高齢化の進行が予想されているにもかかわらず、これまで政府が十分な支援を行ってこなかったことに、大きな原因があると指摘する。フランスの例を見るまでもなく、政府が本気で少子化対策を行ってきた国は、一旦は低下した出生率の回復に軒並み成功しているからだ。
 日本政府は95年の「エンゼルプラン」以降、これまで4度にわたる少子化対策を講じてきた。しかし、現在1.7兆円の財源を振り向けている経済支援も、フランス並みの実効性を持たせるためには10兆円近い支出が必要になると渥美氏は指摘する。最低でも4~5兆円を一気に投入しなければ、十分な効果が期待できないというのが、渥美氏の主張だ。
 渥美氏はまた、日本では高齢者福祉に振り向けられる政府支出と、子育て世代への支援に振り向けられる支出の間に明らかな偏差があり、それが日本をより子供を作りにくい国にしていると言う。高齢者ほど投票率が高いため、子育て問題が「票にならない」のが、その大きな理由だと言う。
 しかし、現在の赤字財政のもとでは、政府の経済支援にも自ずと限界がある。また、日本は戦前の子作り奨励政策への反動から、政府が子作りにまで口出しする事へのアレルギー反応が強い。そのため政府による対策を補完するものとして、渥美氏は企業の育児支援策の推進の重要性を説く。長い労働時間や取得率が0.5%にとどまる育児休暇など、日本では企業側にも、社会の一員として育児を支えていこうという発想が薄い。確かに子育て支援は短期的に見れば企業にとって負担となり得るが、5年以上の長期的視野に立つと、より有能な人材が確保できたり生産性の向上が見込めるなど、子育て支援は企業にとって経済的なメリットも大きいと渥美氏は主張する。
 また、民法上の婚外子差別に象徴される、事実婚や婚外子に対する社会的偏見も、子供を作りにくい環境を生んでいる。フランスで婚外子が5割を越えているのに対し、日本はまだ0.5%にも満たない。それはまた、年間50万は超えると推定される妊娠中絶の多さの一因ともなっていると渥美氏は言う。事実婚や婚外子の道徳的価値判断はさておき、これが日本が子供を作りにくい国にしている一因であることだけはまちがいないだろう。
 日本の少子化は、このように子供を生みにくく、しかも育てにくい環境に対する「女性の出産ストライキ」であり、それを解消するために、一度妊娠したならば、たとえ親が未熟であろうと、経済的に余裕が無かろうと、社会全体でその出産、育児を支えていく方向へ発想を転換する必要があるというのが、渥美氏の主張の根底にある。
 渥美氏が「ギリギリの線」と考える8000万人で日本の人口減少を止めるために、日本がまずしなければならないこととは何なのか。果たしてそれは実現可能なのか。少子化対策に失敗し、アジアの小国としての道を細々と歩んでゆく選択肢はないのか。渥美氏とともに考えた。

渥美 由喜あつみ なおき
(富士通総研主任研究員)
1968年生まれ。92年東京大学法学部卒業。富士総合研究所勤務を経て、03年富士通総研に入社。内閣府「少子化社会対策推進会議」委員。専門は人口問題、社会保障制度、労働雇用。著書に『少子化克服への最終処方箋―政府・企業・地域・個人の連携による解決策』など。
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