日本が東アジアの貧乏小国に堕ちるのを防ぐための唯一の処方箋はこれだ
小西美術工藝社社長
1942年愛知県生まれ。65年東京大学工学部卒業。71年同大学大学院工学系研究科博士課程修了。都市システム研究所所長、名古屋大学教授、東京大学教授などを経て、2003年より現職。工学博士。著書に『日本が世界地図から消滅しないための戦略』、『航海物語 書を捨てよ!海に出よう!』など。
「そんなことをやってたら、国が滅びるぞ。」
何かおかしなことが起きた時に発せられるこんなセリフは、少なくともこれまでは半分冗談で語られてきたものだった。国が本当に滅びることなんて、ありっこない。われわれの多くが、そう考えていたに違いない。だからこそ、冗談でこんなセリフを吐くことができた。
しかし、東日本大震災から5年。未曾有の被害と最悪の原発メルトダウンに見舞われた日本という国の統治機能が、根本的な問題を抱えていることが明らかになっている。にもかかわらず、その後の5年間、われわれはそれらの問題を何一つ解決することができていない。いや、そもそも問題と向き合うことさえ、できていない。その結果、依然として17万を超える震災避難者を横目に、震災の復興に対しては旧態依然たる公共事業を中心としたハード対策に執着し、原発についても、責任の所在が不明確なまま再稼働を急いだ挙句、裁判所から差し止め処分を受ける体たらくだ。
しかも、その間、少子化に伴う人口減少や都市への一極集中、財政破綻に突き進む赤字体質、既得権の抵抗に遭い一向に進まない産業構造改革等々、国家の屋台骨に関わる本質的な問題は、何一つといっていいほど解決に向かっていない。
そろそろわれわれはこの国の生存を真剣に心配しなければならないところまで来ているのではないか。そのような問題意識の上に、マル激では震災5周年を機に、2週にわたって、日本が存続するための条件を真剣に考える番組をシリーズで企画した。
その2回目となる今週は、著書『日本が世界地図から消滅しないための戦略』などを通じて、日本の存続に対する危機感を表明してきた東京大学名誉教授の月尾嘉男氏と、現在の日本が置かれた危機的状況と、日本が世界地図から消えてしまわないために何をしなければならないかを議論した。
月尾氏は現在日本は世界で最も長く存続している国だが、それが故に、現在の日本に住むわれわれは、国家が消滅する可能性を現実のものとして受け入れていないと指摘する。しかし、実際には第二次世界大戦後だけですでに183の国が消滅している。戦後だけで、現在世界に存在する国と同じくらいの数の国が消滅しているのが、世界の現実なのだ。
実際日本という極東の小国が、記録に残っているだけでも1500年以上続いてきたことは、ある意味では奇跡に近い。途中、白村江の戦いや元寇など、何度か危機的な状況に瀕したが、たまたま海という要塞に囲まれていたこともあり、運も味方してこれを乗り切った。欧州諸国が世界を植民化した中世には、日本は徳川幕府による鎖国中だった。そして、欧米帝国主義の手が中国から東アジアに伸びた19世紀、日本は急ピッチで明治維新後の富国強兵に成功し、日清、日露戦争を経て、欧米列強の仲間入りに成功する。こうして日本は、ベネチア共和国や東ローマ帝国を抜いて、世界で最も長く存続する国家となった。
しかし、日本がこれだけ長きにわたり存続できた背後には、地政学的な幸運と、先人たちの卓越したビジョンがあった。明治維新以後、日本は国ぐるみで中央集権化と工業化を進めたが、これがいずれも功を奏した。
ところが、かつて日本に未曾有の成功をもたらした権力の集中や大規模化、工業化といった一連の政策が、今日本の足を引っ張っている。月尾氏が「逆転潮流」と呼ぶ現象が起きているにもかかわらず、過去の成功体験故に日本は時代の変化に対応できていない。
月尾氏は現在の日本の姿が、ローマ帝国に滅ぼされるまでのカルタゴや、7世紀から18世紀まで続いたベネチアといった、一時は世界に冠たる繁栄を謳歌しながら、時代の潮流に乗り遅れたために没落し、最後は消滅にいたった国々と酷似していると警鐘を鳴らす。
しかし、まだ日本にもチャンスはあると、月尾氏は言う。日本が近代以後推進してきた諸政策は、むしろ日本の伝統に反するものが多かった。近代化を実現するために、日本は身の丈に合わない西洋的な価値を無理やり日本に移植してきた面が多分にある。今、その西洋的な価値に逆転潮流が起きているのだとすれば、日本はむしろ自分たちが本来得意とする伝統的な路線に立ち戻ればいいだけではないか。近代化のために捨ててきた日本的な価値を今一度見直し、再興することが、日本が逆転潮流に乗り、再浮上するチャンスを与えてくる可能性があると月尾氏は言う。
そうした中で今後の日本の浮沈の鍵を握るのが、「文化」だと月尾氏は言う。物質的な豊かさを追求することで、経済大国にはなったが、その間、われわれが置き去りにしてきた精神的な豊かさが、これからの世界の変化にも沿った新たな魅力になり得るというのだ。事実、日本の伝統や文化は国際的にも高い評価を受けている。多くの外国人がアニメや日本食などを目当てに日本に来日し、今も残る豊かな自然に感嘆して帰っていく。これまで物質的な豊かさをもたらしてきた経済力や工業力を、今後はより内面的・精神的な豊かさが実感できる文化や自然のソフトパワーに置き換えていくことが、日本が再浮上するきっかけを与えてくれるはずだと月尾氏は語る。
そもそも文化がない国は、存続するに値しないと言い換えることもできる。地球規模で考えた時、工業力や物質的な繁栄であれば、どこに国が残っていても大差はない。しかし、日本独自の文化は日本が生き残らなければ、存続させることができない。存続するためには、まず存続に値する文化を誇れる国にならなければならないということだ。
もちろん、変革は容易ではない。改革を嫌う既得権益は根深く強固だ。しかし、このままでは日本は逆転潮流に乗り遅れた結果、人口は減り続け、経済的にも没落した、貧しいアジアの小国として生き残る道しか残されていない。いや、隣国に100年計画で世界支配を目論む国があることを考えると、日本もカルタゴやベネチアのように、消滅の道を辿ることになるかもしれない。消滅国家の教訓と日本の現状を対比しつつ、これからも日本が生き残るための処方箋を、ゲストの月尾嘉男氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。