被災者を置き去りにした「復興災害」を繰り返さないために
東京都立大学人文社会学部教授
1969年富山県生まれ。九州大学人文学部卒業。同大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程中退。九州大学文学部助手、弘前大学人文学部准教授などを経て2011年から現職。著書に「限界集落の真実 ─過疎の村は消えるか?」 、共著に「「原発避難」論—避難の実像からセカンドタウン、故郷再生まで」など。
東日本大震災と福島第一原発事故から1年半が経つが、依然として避難者は30万人を超えている。福島第一原発事故の被災者も16万人が域外に避難したまま、自宅に戻れない状態が続いているが、どうも被災地の外では、既に震災や原発事故の風化が始まっているように思えてならない。被災地からの報道量も日々減っている。原発事故にいたっては気をつけていなければ、まるで事故などなかったかのように世の中が動いている感さえある。
政府が中心となって進めている復興計画についても問題がある。限界集落を研究してきた首都大学東京の山下祐介准教授は、かつての限界集落対策のように、国が対象を十把一絡げにして対策を練るような形にすべきではないと主張する。従来の「中央に依存する地方」の構図をそのまま押しつける対策では、被災地の復興は望めないし、仮に表面的な復興を果たしたとしても、多くの問題を内包したものになることが目に見えていると言う。
山下氏はまず、永田町や全国メディアからよく聞く「復興が遅れている」との批判自体が、的外れだと指摘する。「これだけの事態が起きているのだから、時間がかかるのは当たり前。事態を正確に把握しないまま拙速に結論付けて方向性を決めてしまう方が問題が大きい」と語り、被災者の間にも地域、職業、世代、そして避難の形態などによって多種多様な事情やニーズがある点に留意する必要があることを強調する。本来はこうした要因をきちんと類型化して、それぞれのニーズを踏まえた復興計画を立てる必要があるが、現状ではまだ類型すらできていないのが実情だと言う。
また、中央政府が作成する復興計画は、仮設住宅に避難している被災者のニーズに偏るきらいがあると山下氏は言う。若い世代の被災者には自力で避難先を見つけ早期に避難所から出て行ってしまった人が相対的に多く、仮設住宅には最後まで避難所から出ることができなかった高齢者が多い。しかし、政府も自治体も日本中に散らばってしまったすべての被災者と連絡を取ることは難しい。これはメディアにとっても同じことが言える。自ずと、政府の対策は被災者がまとまって居住している仮設住宅の被災者のニーズのくみ上げに偏ってしまう。
特に原発事故の被災者の場合、若い世代や子どもを持つ世代が放射能の影響に対して敏感になるのは当然だ。そうした被災者のニーズをくみ上げ、復興対策に反映させることができない限り、除染などによって線量が相対的に下がっても、帰宅するのは一部の高齢者に限られてしまう。そして、それでは新たな限界集落を作るだけだというのだ。
原発事故について山下氏は、そもそもなぜ福島に、福島自身は送電を受けることのない原発が置かれていたかを考えなければならないと言う。そこには山下氏が「中心と周辺」と呼ぶ、中央と地方、都市と農村の根深い関係がある。本来は中央のために原発の場所を提供した地方には、経済発展がもたらす中央の富が再分配されることで、相互依存の関係にあるという話だった。しかし、実際は地方は常に騙され続けてきた。そして、その大前提として戦前で言えば「国体」、戦後では「経済発展」という錦の御旗があり、そのために周辺がある程度犠牲になるのはやむを得ないという考え方があった、と山下氏は言う。
しかし、その大前提は果たして本当に今でも有効なのだろうか。国全体の経済発展のためであれば、周辺の一つや二つが犠牲になるのはやむを得ないという考え方で本当にいいのか。それで日本は中央も地方も本当に幸せになれるのか。
山下氏はそこで鍵となるのが、中央発ではない、被災地発の復興論だと言う。中央から出てくる復興計画は、必然的に前述の大前提の上に立ったものになる。しかし、地域にはそれぞれの地域固有の事情があり、固有の歴史的な経緯や伝統、そして優先順位というものがある。国がそのすべてをテーラーメードすることは難しい。だとすれば、地方はこの震災を奇貨としてこれまでお座なりにしてきた自治というものを今改めて再考し、自分たちから国に働きかけていくような復興の形を示すことではないかと言う。
震災は改めて日本の「地方」の役割やその意味を問うた。そして、それは必然的に「国」の役割とは何かを問うものとなる。これまで平然と地方を切り捨ててきた日本が、この震災でその不健全な関係性に気づき、それを脱皮することができるかどうか、そのために何が必要なのかを、山下氏と社会学者の宮台真司とジャーナリストの神保哲生が考えた。