末期症状を呈する自民党政治を日本の終わりにしないために
元経産官僚、政治経済アナリスト
1955年長崎県生まれ。80年東京大学法学部卒業。同年通産省(当時)入省。経済産業政策課長、中小企業庁経営支援部長、国家公務員制度改革推進本部審議官などを経て2011年退官。同年より現職。著書に『利権の復活 – 「国民のため」 という詐術』、『原発の倫理学』、『日本中枢の崩壊』など。
細川・小泉両元首相の2ショットにわれわれは何を見るのか。
ともに七十路を超えた彼らが声高に連呼する「即時原発ゼロ」のメッセージを、「引退した老人の戯言」と一蹴する向きもあろう。また、原発に反対する候補が複数出たことで、脱原発陣営の票割れを懸念する声もある。
しかし、すでに政治の世界では十分すぎるほど功成り名遂げた2人の総理経験者が、あえてここで都知事選に打って出ることの意味は何なのか。
3・11に国の存亡を左右するほどの大事故を経験しながら、これまで原発は国政選挙の争点にすらならなかった。それは有権者にとって他により重要な関心事があったからなのか、それとも、誰がなっても原発を止めることなどできるはずがないという諦めからくるものなのか。今の東京には原発よりも優先課題があるはずだという意見もあろう。しかし、小泉氏の後押しを受けた細川氏が明確に原発ゼロを謳って都知事選に出馬したことで、好むとこのまざるとに関わらず、原発が初めて主要選挙の争点となったことだけはまちがいない。
ゲストで政治学者の中野晃一上智大学教授も、細川・小泉連合のインパクトが「閉塞していた政治的な言論空間を広げる可能性がある」と期待を寄せる一人だ。90年代以降の長い政治的閉塞の時代を経て、大きな期待を背負って登場した民主党政権が惨めな挫折に終わったことで、有権者の間にもはや政治には何も期待できないとの思いが蔓延していた。そこにアベノミクスを引っさげて安倍首相が登場した。実は自民党の支持率は民主党に大敗した09年の衆院選の時点からほとんど回復していない。また、安倍氏自身の自民党内の支持基盤も実際は非常に脆弱だ。しかし、野党が四分五裂状態にある上に有権者の間で民主党政権失敗の後遺症が尾を引き、また、アベノミクスによって長年日本を苦しませてきたデフレ脱却に光明が見えたことで、高い支持率を得た安倍政権は一見向かうところ敵なしのように振る舞うことが可能だった。
しかし、昨年末頃から都知事選で安倍氏を後継者に指命した小泉元首相が脱原発を訴え始め、安倍首相を名指して政策転換を迫るようになった。この呼びかけに安倍政権が下した答えは、原発を今後も日本の重要なベース電源と位置づけ、再稼働を進めることを謳った新しいエネルギー基本計画だった。既得権益や岩盤規制を、全く切り崩すことができなかったのだ。
小泉氏にしてみれば、安倍首相への不満が募っていた。自らが身を賭してぶっ壊したはずの古い自民党とその支持基盤の再結集を図り、その政治資産を秘密保護法や靖国参拝に消費した。脱原発への政策転換によって日本を大きく変えるチャンスを与えられながら、一向に改革を進められない安倍政権はもはや支えるべき対象ではなかったのだろう。
脱原発を掲げた小泉元首相の細川支持によって、野党陣営はもとより、自民党内にも一つの対立軸が形成された可能性が高い。細川氏が正式に出馬を表明した翌日の1月23日、脱原発を主張する河野太郎衆院議員が代表世話人を務める自民党のエネルギー政策議員連盟は、原発の新増設を認めないことや核燃料サイクルからの撤退を求める提言を発表している。
もちろん、今回の都知事選が原発ゼロのワンイシュー選挙となった場合のリスクについてもわれわれは留意しておかなければならない。東京には防災対策、バリアフリーを含めたインフラ整備、高齢化対策、子育て支援など、取り組まなければならない問題が山積していることも確かだ。しかし、こうした施策は誰が知事になったとしても取り組まなければならない問題であり、各候補とも推進を約束しているが、原発については候補者間の温度差が明快だ。
この都知事選が、細川氏が提唱する脱原発を通じた省エネ・再エネ化を進め、高度成長期以来の成長一辺倒を志向する社会から、より成熟した豊かを求める社会へと転換する契機となるのかどうかはわからない。しかし、都知事選の結果がどうあろうとも、有権者の間でやや諦めにも似た後ろ向きの姿勢が蔓延していた日本の政治に、新しい息吹が吹き込まれたことだけは間違いないだろう。むしろ問題は、七十路を超え既に引退をしていたはずの2人にしか、それをもたらすことができなかったことなのかもしれない。
安倍政権の政治基盤の脆弱さを露呈した細川・小泉連合の持つ政治的な意味と、それが今後の日本の政治、社会へ与える影響などについて中野氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。