なぜヨーロッパの右傾化が止まらなくなっているのか
帝京大学法学部教授、東京外国語大学名誉教授
1978年栃木県生まれ。2001年北海道大学法学部卒業。08年同大大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は近現代ドイツ政治外交史、国際政治史。成蹊大学法学部准教授、同教授、ケルン大学歴史学科客員研究員などを経て22年より現職。著書に『分断の克服 1989-1990』、『アデナウアー』など。
2026年9月、ドイツ政治に激震が走った。極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、旧東ドイツ地域で行われた2つの州議会選挙で大躍進を遂げたのだ。9月6日のザクセン・アンハルト州では43.8%、9月20日のメクレンブルク・フォアポンメルン州では38.2%(前回16.7%)の得票率で、AfDはいずれも第1党となった。
一方、メルケル元首相やメルツ現首相が所属する中道保守の「キリスト教民主同盟(CDU)」は2州とも大敗した。特にメクレンブルク・フォアポンメルン州では、得票率が4.9%と議席獲得に必要な5%に届かず、州議会の議席をすべて失うという歴史的惨敗となった。連邦レベルでも、今年5月頃から世論調査でAfDがCDUを上回り続けている。
ナチスの過去を持つドイツでは極右は長くタブー視され、主要政党は極右との連立や協力を拒む「防火壁」を守ってきた。そのためAfDは単独過半数を取らない限り政権を握れない。しかしザクセン・アンハルト州では、すでに初のAfD出身の州議会議長が誕生し、12月にはAfDの州首相が生まれる可能性が高まっている。今後の焦点は、政策的にAfDに近いCDUが防火壁を守り続けられるかに移りつつある。
なぜ旧東ドイツの人々は、こんなにもAfDに傾倒するのか。近現代ドイツ政治外交史が専門の板橋拓己氏は、旧東ドイツ地域住民の構造的な怒りや恨み、剥奪感が背景にあると分析する。
1990年の東西ドイツ統一は、東のドイツ民主共和国が西のドイツ連邦共和国に編入される形で行われ、西の行政・経済システムや基本法がそのまま東に持ち込まれた。「対等な統合」とは程遠い、事実上の吸収合併だった。統一の瞬間に東のエリート層はごっそり入れ替わり、以来、行政や企業、大学の幹部の多くを西側出身者が占める構造が続いている。
統一から30年以上が経った今も、東西格差は埋まらない。州ごとの平均賃金でも、全16州のうち上位10州は3位の首都ベルリンを除いてすべて旧西ドイツの州だ。経済格差以上に深刻なのが心理的な傷で、旧東の住民の多くは自らを「二級市民」のように感じ、自分たちの一票で政治が変わるという感覚も西側より著しく低い。そこに、63歳からの満額年金受給を見直すメルツ政権の年金改革が追い打ちをかけた。若い頃から働き始めた人が多い旧東では、これが「西による東いじめ」と受け止められたのだ。
こうしたルサンチマンをすくい上げたのが、AfDの巧みな地域密着型の選挙戦術だった。地方の隅々まで足を運び、ビールやソーセージを振る舞う「家族祭」や旧東独製スクーター「シムソン」の集いを開いて、かつての共同体へのノスタルジーと「東の誇り」を刺激した。SNSでは笑顔の発信に徹し、批判的な既存メディアの報道さえネタにして返した。社会保障への不安を外国人問題にすり替える二分法も功を奏し、外国人比率が6%程度とドイツでも最も低い地域の1つであるザクセン・アンハルト州で、外国人問題が最大の不安に挙がるほどだ。
一方、連邦政府や既存政党は、連帯税による巨額の財政移転やインフラ投資を行うなど旧東ドイツ地域は十分に支援してきたという自負があるため、東側住民の不満を十分に理解できず、CDUは旧東での地道な組織づくりも怠ってきた。この認識の齟齬が、有権者の既存政治への絶望をさらに深めていると板橋氏は語る。
ドイツの変動は欧州の安全保障にも重大な影響を与えかねない。親ロシア色の強いAfDは、ザクセン・アンハルト州議会で左派ポピュリスト政党「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」と組み、ウクライナ支援の停止と対ロ経済制裁の解除を求める動議をすでに出している。ロシアに対抗するために軍拡を急ぐドイツが、やがて親ロ政党の手に渡る可能性すらあるのだ。
右派ポピュリズムの台頭は欧米全域で顕在化している。イタリアではメローニ首相率いる「イタリアの同胞」が22年から政権を握り、フランスでは27年の大統領選に向けた世論調査で「国民連合」のルペン氏が首位に立つ。オランダでは「自由党」が一時連立政権の中核を担い、フィンランドでは「フィン人党」が政権入りし、オーストリアでは「自由党」が第1党となった。アメリカでもトランプ大統領率いるMAGA派の声が大統領選や連邦議会選挙の結果を左右するまでになっている。日本でも「日本人ファースト」を掲げた参政党が議席を増やした。板橋氏は、日本では欧米ほどリベラル化が進まなかったぶん反動も起きにくかったと見るが、民主主義の危機が対岸の火事でないことに変わりはない。
一方、9月20日のベルリン市議会選挙では、AfDも議席を伸ばしたものの、トルコ系のエリフ・エラルプ氏を筆頭候補に家賃問題などを訴えた「左派党」が第1党となった。人々の不満の受け皿は、必ずしも右派である必要はないのだ。
ベルリンの壁崩壊から37年。年々分厚くなっているようにも見える人々の「心の壁」を崩すには、ポピュリストが示す単純な二分法や耳触りの良いパッケージに対抗し、政策パッケージをいったん解きほぐして、生活世界のリアリティに根ざしたポリシーパッケージを再構築することが不可欠だ。ナチスの過去を反省し克服を目指してきたはずのドイツで起きた政治的地殻変動の背景と、近代民主主義が直面する限界について、ドイツ政治の第一人者である板橋拓己氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。