間違いだらけの水害対策
京都大学名誉教授
1956年岡山県生まれ。79年東京大学工学部卒業。84年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。専門は都市環境工学、雨水管理。東北大学工学部助手、九州大学工学部助教授、茨城大学工学部助教授、東京大学大学院工学系研究科教授などを経て2022年より現職。東京大学名誉教授。共編著に『東大塾 水システム講義』など。
豪雨で道路が瞬く間に水につかり、マンホールから水が噴き出す。川から離れた市街地でも、わずかな傾斜の底にあたる一角だけが短時間で冠水する。そんな光景が珍しくなくなっている。
今年8月13日から14日にかけて千葉県を襲った記録的な豪雨では、線状降水帯が発生し、道路の冠水や住宅の浸水が相次いで13人が亡くなった。千葉市では、冠水したアンダーパスで車に閉じ込められた男性が命を落とした。現場では排水ポンプが停電で作動せず、水位は最も深いところで約3メートルに達していた。それから1カ月もたたない9月8日には、名古屋市で1時間に104.5ミリの猛烈な雨を観測し、市内30カ所のアンダーパスのうち19カ所が冠水で通行止めとなった。
これらの豪雨が改めて浮き彫りにしたのが「内水氾濫」と呼ばれる現象だ。川の水があふれる「外水氾濫」に対し、内水氾濫は町に降った雨を下水道や排水路で処理しきれなくなることで起きる。だから大きな川から離れた場所でも浸水する。特にリスクが高いのが都市部だ。東京都心では地表の8割以上がアスファルトやコンクリートで覆われ、雨がほとんど地中に浸透しない。地方なら6割程度で済む場所もあるが、同じ雨でもより多くの水が短時間で下水道に集中する。そのうえ地下街や地下鉄、アンダーパスなど、水が流れ込みやすい低い空間が多い。
では、都市の下水道はどれほどの雨を想定しているのか。日本の下水道は「5年に1度」程度の雨を排除できることを基準に整備されてきた。それが平均して1時間50ミリ前後だった。ところが気象庁の観測では、1時間50ミリ以上の雨も100ミリ以上の雨も、この50年で明らかに右肩上がりに増えている。かつて5、6年に1度だった雨が、今では3年、場合によっては2年半に1度の頻度で降る。5年に1度を想定した施設で、その想定を超える雨が想定より頻繁に降れば、氾濫は必ず起きる。東京都は目標を1時間85ミリに引き上げたが、整備には長い時間がかかる。国が「想定最大」とする関東の雨は1時間153ミリ、気象庁が「猛烈な雨」とする1時間80ミリの約2倍にあたる雨量だ。
それなら下水道や地下貯留施設を、もっと大きな雨に耐えられるように造り替えていけばいいのではないか。都市の雨水管理が専門の古米弘明・中央大学研究開発機構教授によれば、現実はそう簡単にはいかない。地下にはすでに地下鉄やガス、水道などが張り巡らされ、既存の下水管を拡張したり新たな貯留施設を造ったりできる余地は、再開発や大規模施設の新設がある場所にほぼ限られる。しかも巨大インフラには莫大な費用と時間がかかる。渋谷駅周辺の再開発に伴って造られた約4000トン(400万リットル)の貯留施設も、100ヘクタールにわずか10ミリの雨が降れば1万トンの水が出ることを考えれば、ピークを抑えるバッファーにはなっても、100ミリの雨をのみ込めるものではない。激しくなる雨に合わせて地下の施設をどこまでも大きくしていくことには、物理的にも財政的にも限界がある。
そこで重要になるのが、雨を下水道だけに集めず、町のあちこちで受け止めるという「雨水管理」の発想だ。公園や学校、駐車場、住宅で雨水を一時的にためたり、地中に浸透させたりして、下水道に入る前に雨水を分散して受け止める。東京都の計画でも、目標の85ミリのうち下水道で受け持つのは75ミリで、残る10ミリは流域全体の努力に委ねられている。緑地を残すことも、景観や温暖化対策のためだけでなく、雨水管理の上で欠かせない。小金井市では建て替え時に雨水を地中に浸透させる「雨水マス」の設置が広がり、オーストラリアのメルボルンでは「水を意識した都市設計」の下、駐車場や道路の中央に雨を浸透させる緑の水路や、屋根の雨水を庭に落とす「レインガーデン」が整備されている。海外では雨水処理料金を下水道料金とは別に徴収し、浸透施設を設けた家庭を優遇する制度も定着しているが、日本では古米氏が下水道政策の審議に加わった際に同様の制度を提言したものの、実現には至っていない。
われわれ一人ひとりには何ができるのだろうか。まずは自分の身を守るための備えだ。古米氏は、自治体の内水・外水両方のハザードマップで、自宅だけでなく勤務先や通勤経路、いつも通る道路や駅のどこが危ないのかを知っておくことが大切だと話す。危ない場所を知っていれば、豪雨の際に別のルートを選ぶという発想が生まれる。
同時に、大雨の際には家庭から下水道へ流す水を減らすことも大切だ。東京や大阪、名古屋などの大都市の中心部では、整備を急ぐために雨水と生活排水を1本の管で流す合流式下水道が採用されている。雨水だけで管があふれそうなときに、各家庭が200リットルの風呂の水を流せば、氾濫を悪化させる側にまわることになる。激しい雨が降っている間は風呂の水を流すのを控えるだけでも、一定の効果があると古米氏は指摘する。自宅に雨水タンクを設置し、降った雨を一時的にためる方法もある。
一つ一つの効果は小さくても、地域全体で取り組めば大きな効果が期待できる。古米氏の試算では、200リットルの雨水タンクを1万戸が設置すれば200万リットル、それだけで渋谷の巨大貯留施設の半分に相当する容量になる。ただし大雨の前にタンクを空にしておくという住民側の意識が伴わなければ、この計算は成り立たない。だからこそ、行政が巨大インフラだけに頼るのではなく、雨水タンクや浸透施設への補助にもっと力を入れ、地域が共通の問題意識を持つことが必要になる。これは行政に依存するだけでなく、多様な主体がそれぞれにできることを組み合わせるしかない問題であり、それゆえに地域の自治を取り戻す契機にもなり得る。
地震に比べると死者数は少ないが、実は洪水がもたらす経済的被害は世界的に見ても地震を上回る。想定を超える豪雨が相次ぐ中、どのように都市水害を防ぐのか。都市水害から命や暮らしを守るためにわれわれは何を知り、どう備えるべきなのかなどについて、中央大学研究開発機構の古米弘明教授と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。