2018年9月29日
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トランプ政権下で起きている2つの異常事態の意味するもの

前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第912回(2018年9月29日)

 これを異常と呼ばずに何と呼ぼうか。

 かねてより前例のない異例続きだったトランプ政権だが、11月の中間選挙を前に、いよいよその異常さに拍車が掛かっている。

 今回の異常事態は最高裁判事候補の性的暴行疑惑と、司法省高官による政府転覆の2つだ。

 トランプ大統領が最高裁の判事に指名したブレット・カバノー氏は、輝かしい経歴に加え、上院で過半数を占める与党共和党の手厚い支持を受け、難なく承認される見通しだった。

 ところが、承認の直前になって、突如としてそのカバノー氏に36年前の性的暴行疑惑が持ち上がった。被害を名乗り出たクリスティン・ブラジー・フォード氏はカリフォルニア州の大学で心理学の教授を務める女性だが、今になって36年前の事件を告発した理由を、最高裁判事になろうとしている男性がどのような人物であるかを世に知らせることが自分の「市民的責務」だと考えてのこと、と説明した。9月27日にはブラジー・フォード氏が上院司法委員会の公聴会に証人として呼ばれ、36年前の暴行を受けた際の状況を生々しく説明すると、彼女と入れ替わりで証言台に座ったカバノー氏が、涙ながらに自らの潔白を訴えるという、映画さながらの劇的なシーンが展開され、その模様の一部始終がテレビやネットで全世界に向けて生中継された。

 27年前にも、現在も最高裁判事を務めるクラレンス・トーマス氏が、承認過程で氏の元部下だったアニタ・ヒル氏からセクハラを告発され、司法委員会の公聴会という厳粛な場で「巨乳」「巨根」「獣姦」などといった言葉が飛び交うという事態に発展したが、今回のブラジー・フォード氏による生々しい性的暴行シーンの描写と、涙を流して告発内容を否定するカバノー氏の証言の様子は、アメリカの政治史に残る歴史的なできごとになってしまった。

 今回の最高裁人事は、唯一の中道派として最高裁で長年キャスティング・ボートを握っていたケネディ判事の引退を受けたもので、保守派のカバノー氏が承認されると、向こう30年にわたり保守派が最高裁の多数派を握ることになる。これによって、アメリカでは長年大きな政治的争点だった人工妊娠中絶の違法化や銃規制の更なる緩和など、大きな路線転換が起きることが必至とみられていたために、最終局面で出てきたまさかの「性的暴行疑惑」の行方には、厭が応にも注目が集まっている状況だ。トランプ大統領が全幅の信頼を寄せるカバノー氏の承認が頓挫するようなことがあれば、政権の大きな失速原因となるばかりか、11月6日の中間選挙への影響も避けられないだろう。

 もう一つの異常事態は先週、司法省のナンバー2で、同省でトランプ大統領の「ロシア疑惑」を指揮する最高責任者を務めるロッド・ローゼンスタイン司法副長官が昨年5月、大統領の解任要件を定めた憲法第25修正条項に則り、トランプ大統領の解任を企てていたというスクープ記事がニューヨーク・タイムズに掲載されたことを受けたもの。

 ローゼンスタイン氏は昨年5月にコミー長官が事実上罷免された後、トランプが大統領に不適格であることを証明するために、大統領との会話を盗聴することなどを政権幹部に提案したとされる。コミー長官が解任された時、FBIは2016年の大統領選挙でトランプ陣営がロシア政府と共謀して選挙に介入したとされる「ロシア疑惑」を捜査中だった。

 今のところローゼンスタイン氏は、ニューヨーク・タイムズの記事は不正確としながらも、記事の趣旨は全否定していない。

 普通であれば、もし報道内容が概ね事実だとすれば、政権幹部が事実上のクーデターを企てたに等しく、トランプ大統領は直ちにローゼンスタイン氏を解任したいところだろう。しかし、ローゼンスタイン氏がトランプ大統領を捜査する立場にあるため、これを解任することが「司法妨害」にあたる可能性があり、事はそう簡単にいきそうもない。現在、トランプのロシア疑惑を捜査しているミュラー特別検察官はローゼンスタイン氏によって指名されており、その捜査自体もローゼンスタイン氏が事実上の後ろ盾となっている。

 9月6日には同じくニューヨーク・タイムズが一面トップで、「トランプ政権の中にはトランプの施策を無力化するための抵抗勢力が存在し、私もその一人だ」とする、トランプ政権の「上級幹部」による匿名の論説記事を掲載しているが、ワシントンではこの匿名の「上級幹部」がローゼンスタイン氏だったのではないかとの観測で持ちきりだ。トランプ政権を支える立場にある議会共和党の中には、「クーデター未遂」記事の事実関係を確かめるためにローゼンスタイン氏を議会に証人として呼ぶべきだとの声も上がっているが、そこでトランプ大統領の解任に値するような「不適格」で「衝動的」な行為の数々が露わになることで、かえってやぶ蛇になる怖れもあるという懸念もあり、この異常事態にどう対応すべきか、誰もが当惑している状態だ。

 トランプ政権は満を持して指名した保守派の判事の承認を得ることに失敗する可能性が濃厚になってきた上に、政権内には抵抗勢力やクーデター未遂をした幹部が、トランプ政権の命脈を左右する疑惑を捜査しているというこの異常事態を、われわれはどう捉えればいいか。日本はそのような状態にあるアメリカと、新たな自由貿易交渉など始めて大丈夫なのか。これもまた民主主義の新しい形なのかなどを、希代のアメリカウオッチャーである前嶋氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

 
前嶋 和弘(まえしま かずひろ)
上智大学総合グローバル学部教授
1965年静岡県生まれ。90年上智大学外国語学部卒業。同年中日新聞社入社。94年退職後、97年ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)。2007年メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。文教大学准教授などを経て14年より現職。著書に『アメリカ政治とメディア』、共著に『オバマ後のアメリカ政治』など。

 

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