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コロナがつきつける人間と自然の関係の再考

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第1030回)

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公開日 2021年01月02日

ゲスト

三重大学人文学部教授

1975年香川県生まれ。98年関西学院大学文学部卒業。2003年関西学院大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(地理学)。専門は文化地理学。三重大学人文学部講師、准教授などを経て、18年より現職。著書に『豊かさ幻想 戦後日本が目指したもの』、『「親米」日本の誕生』、訳書に『空間のために』など。

著書

概要

 これが2021年最初のマル激となるが、残念ながら2020年はコロナ禍に明け暮れる1年となってしまった。そして、新たな年が明けた今も、そのような状態はまだ当分は続きそうだ。

 確かにコロナの感染拡大を抑え込まない限り、オリンピックは言うに及ばず、自由な経済活動すら完全に再開することは難しい。デジタルだのITだのとは言ってみても、結局のところ、21世紀の2合目を過ぎた今になっても、人間にとっての経済活動は人が動くことによって初めて成り立つものであることを、今回のコロナがいみじくも証明してしまった。しかし、特に無症状感染という類い希な性質を持つこのウイルスは、人が動けば必ず感染が広がってしまうという特徴を持つため、それを完全に抑え込むことは容易ではない。

 東京五輪について日本政府は今のところ、「人類がコロナウイルスに打ち勝った証」(安倍前首相)として、何が何でも21年7月開催の方針を、少なくとも表向きは崩していない。しかし、そもそもわれわれはどうすればコロナに「打ち勝った」ことになるのか。経済活動を止めることによって感染者数を抑え込むことができれば、コロナを克服したことになるのか。更に問うならば、自然界に無数に存在するウイルスの1つに過ぎないコロナは、人類にとってそもそも「打ち勝つ」べき対象なのか。そうでなくとも今世紀に入ってから、新たな感染症の発生周期が毎回短くなっている。新型コロナの次にどんな感染症が待ち受けているかもわからないではないか。

 文化地理学が専門の森正人三重大学人文学部教授は、有史以来人間は自分たちの力で自然を征服し、これを自分たちの管理下に置くことを目指してきたが、特に近年、科学や技術の力でそれを実現しようとする背景には、自然と人間を相対立する別個の存在とみなす西洋近代の二項対立図式の前提があると指摘する。その上で森氏は、今回のコロナ禍や近年世界的に懸念が高まっている地球温暖化気候変動の問題が、自然と人間の関係を再考する動きを加速させていると語る。そこで問われているのは、これまでわれわれが当然視してきた人間中心主義的な考え方であり、理性を持つ人間だけがそれを持たない自然や環境やウイルスを支配するのが当たり前という一方的な構図だ。

 そこで一つのヒントとなる視座を与えてくれる言葉に「人新世」というものがある。地層のできた順序を研究する学問を層序学と呼ぶそうだが、それによると現在は1万1700年前に始まった新生代第四紀完新世の時代であるというのがこれまでの定説だった。ところが現在、「完新世」はすでに終わっており、われわれの地球は「人新世」という新たな時代に突入しているという考え方が、学会でも真剣に議論され始めているのだそうだ。これは最終的には今から何万年か先の未来に、われわれの現在の文明がその時代の地層の一部になった時に初めてはっきりすることだが、20世紀の後半からの世界人口の爆発的増加や工業的大量生産・大量消費・大量廃棄、農業の大規模化や大規模ダムの建設、核実験や原発による放射性物質の大気中放出などが地球環境に甚大な影響を及ぼしているため、その痕跡が二酸化炭素の増加やプラスチック廃棄物の堆積、放射性物質などの形で未来永劫、地層に色濃く残ることになると考えられることから出てきた考え方だそうだ。

 「人新世」(Anthropocene=アントロポセン)を直訳すると「人類の時代」となり、あたかも人類が自然を含む地球上の他者を征服して、文字通り地球の主役の座に就いていた時代を意味しているようにも聞こえるが、むしろ話は逆だ。「人新世」自体は、人類の活動がかつての小惑星の衝突や火山の大噴火に匹敵するような地質学的な変化を地球に刻み込んでいることを意味するだけの価値中立的な言葉だが、ここで重要なのは、「人新世」が人類の滅亡と地球の終末を同一のものとは捉えていないところにある。人類が誕生する以前から地球は存在していたし、人類が絶滅した後にも地球は別の地層を堆積しつづける。そこには大気や気候などの自然の存在もあるし、人間以外の動植物や微生物、ウイルスの存在もある。

 森氏は今、われわれは人間と自然の関係を見直す契機に立たされてるのではないかと言う。目の前の脅威に対応することも重要だが、目先の問題だけに目を奪われると、その背後にあるより大きな問題が見えなくなる。コロナウイルスは日本のみならず世界の多くの国が、実は感染が拡大する前から様々な面で機能不全に陥っていた現実を露わにしているし、そもそもなぜコロナウイルスが人間の世界に引き込まれたのかや、それがなぜこうも急激に世界に広がったのかの原因も考えなくてはならない。そして、われわれの社会がなぜこうもコロナに対して脆弱なのかを再考することも重要だ。また、われわれが知らず知らずのうちに受け入れていたさまざまな前提が、実は必ずしも普遍的なものではないことに気づくきっかけにもなるだろう。

 これまでコロナウイルスに対しては、メディアが煽り気味に報じる目の前の脅威に対するややパニック的な反応も含め、もっぱら医学や薬学的な知識ばかりが動員され、われわれ一般市民は知らず知らずのうちにそうした学問的視座からこの問題を捉えるようになることで、それらの学問が前提とするところを受け入れてきた。しかし、それはあくまで二項対立的・人間中心主義的な考えの上に立つものであり、理性を持つ人間がそれを持たない自然や環境をいかに克服し支配するかという考え方が前提にあった。しかし、ある意味で、そのような価値を追求してきた結果がもたらしているとも言える現代の地球温暖化や今回の新型コロナ感染症の問題を、その考え方の延長線上で解決することが本当に可能なのだろうか。

 目の前の問題にきちんと対応することは重要だ。しかし、見通しも展望もないまま、行動制限を受けたり、我慢を強いられることほど辛いものはないし、そんなものは長くは続かない。目の前の問題にもきちんと対応しつつ、同時にわれわれは、コロナを奇貨として、人類にとっても、また日本としても、これまでの自分たちの歩みを真剣に再考するいいチャンスを与えられていると考えるべきではないか。

 コロナ禍を人間と自然の関係について再考するきっかけとするために、人文学的な立場からのアプローチの重要性を説く森氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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