脱アベノミクスを掲げる石破政権に経済政策の決め手はあるか
第一生命経済研究所首席エコノミスト
1960年東京都生まれ。83年慶応義塾大学経済学部卒業。同年日本経済新聞社入社。88年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修了。証券部、チューリヒ支局長、ニューヨーク編集総局、「日経ビジネス」編集委員などを経て、03年より本紙編集委員。07年退社しフリーに。著書に「不思議の国のM&A」、訳書に「ドラッカー 20世紀を生きて」など。
日本では企業経営者も株主も、M&Aがお嫌いなようだ。今や上場会社の10%がポイズンビルなど何らかの買収防衛策を導入しているという。また、株主も、企業価値をあげてくれる可能性が高い外資企業やファンドを、「ハゲタカ」呼ばわりして忌避する風潮が根強い。
企業を安く買いたたき、リストラなど容赦ない経営合理化を要求した上で、高く市場で売り抜けるタイプのM&Aが、日本の伝統的な共同体的企業文化とそりがあわず、忌避されるのは分からなくはない。
しかし、その一方で、買収によって、これまで日本企業の経営陣がさぼってきた経営努力が、株主圧力という形で進むことには、企業の競争力強化という意味で一定の意義があることも間違いない。また、日本の企業が海外では積極的に企業買収を行っておきながら、国内では買収に対して過度に防衛的となっている実態は、日本の市場の不透明さや不公正さの反映をみられることが避けられない。
確かに近年、外資系の企業やファンドが日本企業の株式を取得して、経営陣に経営の合理化や役員の交代などの圧力をかけるケースが目立ってきてはいるが、とはいえ日本国内のM&Aは世界の実情とは大きな開きがある。
2005年の日本の対外直接投資は457億ドルで、蘭、仏、英に次いで世界で第4位を誇っているが、海外からの投資対象としては、日本はわずか27億ドルと世界の50位にとどまっている。また、2007年に実施されたM&Aの金額ベースで見ても、日本は世界の2.8%を占めるに過ぎない。こうしたテータをみても、世界のGDPの8~9%を占める世界第二位の経済大国としては、世界のM&Aの流れに大きく乗り遅れてることは否定できない。
対外投資と対内投資に20倍もの格差が生じている原因は、日本の市場や企業にそれだけ魅力が無いからに他ならないが、その背景には企業経営に対する日本の経営者の非常識な感覚が大いに関係していると、世界のM&A事情に詳しい牧野洋氏は指摘する。
牧野氏は、外資系ファンドの多くは、株主として資本主義社会では当たり前の要求をしているに過ぎず、むしろ、日本が、世界の常識とはまったく違った日本独自のルールで企業の経営が行われており、それを株主も、社会も支持してしまっているのが日本の現状だと言う。
例えば、日本でM&Aが行われる時は、買収金額や企業価値は二の次で、まず企業名や本社所在地などの面子が問題になるなど、株主の利益は完全に蚊帳の外に置かれている。しかし、それに対して、株主から抗議が起きることは稀で、むしろ、多くの株主が自らの利益を損なうような経営選択を支持するほどだと言う。
また、日本全体で、「儲けを嫌う」ような価値観が支持される風潮があり、裁判所がスティールパートナーズを「濫用的買収者」と認定し、マスコミが外資系ファンドを「ハゲタカ」と呼ぶようなことが、平然と行われている。
こんな世界の常識からかけ離れた経営を行い、社会がそれを支持する状態が続くようでは、日本は世界の投資家から見放され、孤立する一方だと、牧野氏は大いに懸念をする。
また、ここに来てM&Aを巡り別の次元の問題が持ち上がっている。外資が日本空港ビルデングやJパワー(電源開発)の株を大量取得したことが明らかになると、政府が安全保障を理由に外資規制に動くというようなことが相次いで起きている。実際に安全保障上の脅威があるのであれば政府が対応しなければならないことは言うまでもないが、ならばなぜそのような企業を上場させたのか。資金調達など上場の旨味だけは享受しておきながら、安全保障を理由に買収のリスクは負わないというようなことが、国際的に通用するだろうか。件のスティールパートナーズも、ブルドックソースの買収防衛策への異議が裁判所に認められず、TOBを諦めざるを得なかった。こうした事例は単に日本の経営者や株主の行動原理が非常識なわけではなく、日本の政府や法制度までが、国際的に異質なものであると受け取られる可能性が高い。
しかし、その一方で、アングロサクソン的な原理主義的市場原理や株主至上主義を全面的に受け入れ、遅ればせながら日本もM&Aレースに全面参加することが、果たして日本にとって本当に正しい選択なのかどうかについても、今一度考察してみる必要がありそうだ。
近著「不思議の国のM&A」の著者と、M&Aを通して見えてくる世界の常識と日本の非常識について、議論した。