2018年11月10日
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トランプ現象は着実に進行していた

吉見俊哉氏(東京大学大学院情報学環教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第918回(2018年11月10日)

 トランプ現象。昨今の社会情勢と民主制度の下では、差別発言などの暴論や嘘や中傷の限りを尽くしても、絶え間なくメディアに対して話題性を提供しつつ自らの正統性を声高に主張しポピュリズムに徹すれば、政治的には過半数を押さえることができる。

 期せずしてこの中間選挙では、トランプ現象が決して一過性のものではないことが証明された。

 中間選挙では結果的には上院で共和党が議席を伸ばしたものの、下院では民主党が過半数を奪還し、知事選挙でも民主党の躍進が目立ったことなどから、2年前にホワイトハウスと上下両院を共和党に奪われて完全に力を失っていた民主党が、一連のトランプ攻勢にようやく一矢を報いた形にはなっている。

 確かに選挙結果だけを見ると、僅かながら民主党が党勢を拡大しているし、女性や少数民族、性的マイノリティ候補の当選などもあり、アメリカの政治の潮流に変化の兆候が出てきたようにも見える。

 しかし、元々中間選挙は2年前の大統領選挙で躍進した与党側が大きく負けるのが、100年来のアメリカの伝統だ。過去50年の選挙結果を見ても、中間選挙で与党が議席を大きく失わなかったのは2001年の9・11直後のブッシュ政権下での2002年の中間選挙くらいのもので、クリントンやオバマにいたっては最初の中間選挙で50以上も下院の議席を失い、いずれも過半数割れに追い込まれている。

 本稿執筆の時点ではまだ下院の全議席が確定していないが、最終的な共和党から民主党への議席の移動は30議席前後にとどまるものとみられ、上院では共和党が過半数を維持したばかりか、むしろ議席を上積みする結果となった。今回の中間選挙は、とても「痛み分け」などと呼べるものではない、トランプとその支持者にとっては、上々の結果だったと受け止めるべきだろう。

 実際、選挙の大勢が判明した6日未明には、トランプ自身がツイッターで「今夜は大成功だった」と、事実上の勝利宣言をしている。その段階で既に下院の過半数割れが明らかになっていたにもかかわらずだ。

 この2年間、トランプ政権はまさにやりたい放題やってきた。自分は公約を果たしているだけだとトランプは言うが、そもそも2016年の大統領選挙では、まさかトランプが当選すると本気では考えていない人が多かったので、2年前にトランプに投票した有権者が「メキシコ国境沿いの壁」や「NAFTAからの離脱」や「移民排斥」などといった、かなり法外な選挙公約のすべてを真に受けているかどうかは、定かではないところが多分にあった。しかし、実際にトランプはその公約の多くを実行に移した。

 そうして迎えた今回の中間選挙は、2年前の選挙が単なるフロックだったかどうかの試金石という意味で、とても重要な意味を持っていた。

 そして、選挙結果は、トランプ支持は実際に根強いものがあり、2年後のトランプ再選の可能性にも十分な現実味があることを示していた。

 昨年9月からアメリカのハーバード大学に客員教授として赴任し、10ヶ月間、実際にトランプのアメリカで暮らしてきた吉見教授は、アメリカでは民主党支持者と共和党支持者の分断が猛スピードで進んでいて、両者の間ではむしろ議論さえ成り立たなくなっていることや、とはいえトランプ支持者も反トランプの人たちも、常にトランプの動きからは目が離せなくなっている状態を目の当たりにして、非常に驚いたという。実際、熱烈にトランプを支持するフォックス・ニュースも、反トランプの急先鋒として知られるCNNやニューヨーク・タイムズも、トランプのおかげで売り上げを伸ばしており、実際はどちらもトランプの手の上で踊らされている感が少なからずある。

 吉見氏はトランプ政治の最大の特徴は「分断」にあるという。アメリカを分断することで、国中をトランプの敵と味方にくっきりと分け、味方となった3~4割の支持層を徹底的に固めていく。そうすれば、元々投票率の低いアメリカでは、仮に4割を割る支持率しかなくても、支持の濃さによっては、大統領選挙に勝利することが十分可能になっているのだ。反トランプ運動の盛り上がりさえもが、「トランプ現象」という政治現象の一部になっていると言っても過言ではないだろう。

 実はトランプ政権はトランプという特異なキャラを持った大統領が、暴論と思いつきだけで動いているデタラメな政権運営をしてきたようにも見えるが、一方で、暴論やスキャンダルを通じたメディア露出で常にアメリカ国民の目をトランプに釘付けにした上で、あえてアメリカ社会を分断する政策や発言を繰り返すことで、その支持基盤を確実に固めてきた。

 その成果が今回の中間選挙の結果にも、如実に顕れている。これはアメリカに限ったことではないが、どうやら現行の民主政治やメディア制度の下では、われわれはトランプ現象という政治現象や政治手法に真っ向から抗うことは難しいようだ。

 それでは、このまま社会の分断は進み、われわれは暴論と中傷と嘘に満ちた社会への道をひた走るしかないのか。

 吉見氏は希望もあると説く。今回、吉見氏が見たアメリカでは、メディアを通じて日々トランプやその支持者たちによる嘘や暴論や中傷を見せつけられる現在の状況に、もうこれ以上耐えられないと感じている人が増えているという。

 実際、トランプの戦略は同時に、分断の材料にされた女性やマイノリティ・グループの強い危機感を呼び起こし、結果的に記録的な数の女性議員やヒスパニックなど少数派の議員が誕生した。この2年間、トランプが自身の支持基盤を固める一方で、トランプ的な政治や社会を拒絶し、新たな社会像を作り上げようとする人たちの陣営も活気づいていることは確かだ。

 アメリカから帰国した吉見氏と、アメリカで今、トランプ現象がどこまで進行しているのか、それに抗うためにはどのような選択肢が残されているのかなどについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
吉見 俊哉(よしみ しゅんや)
東京大学大学院情報学環教授
1957年東京都生まれ。81年東京大学教養学部教養学科卒業。87年同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。同新聞研究所助教授、同社会情報研究所教授などを経て2004年より現職。17年9月から18年6月までハーバード大学客員教授。著書に『トランプのアメリカに住む』、『戦後と災後の間 ─ 溶融するメディアと社会』など。

 

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