ハリス対トランプはアメリカに何を問うているのか
成蹊大学法学部教授
北海道生まれ。1982年毎日新聞入社。86年東京新聞(中日新聞)転社。社会部警視庁公安担当、NY支局長などを経て96年に退職し、独立。NY在住25年を経て2018年に帰国。著書に『火の記憶』、訳書に『LGBTヒストリーブック 絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』など。
毎年6月19日はアメリカではジューンティーンス(Juneteenth=June Nineteenthがなまってジューンティーンスになった)としてアフリカ系アメリカ人、とりわけアメリカ南部に住む黒人の間で大切な祝日として、バーベキューなどをして祝う習慣がある。テキサス州では州の正式な祝日に指定されているが、それは1865年の6月19日に、その2年前のリンカーン大統領による奴隷解放宣言の後も奴隷を解放していなかったテキサス州に北軍の部隊が進軍し、25万人といわれる奴隷を解放した日だったからだ。特にこの日にバーベキューに興じることにも特別な意味があるそうで、奴隷制から解放されるまで黒人は自分たちだけでバーベキューを楽しむ権利がなかったために、テキサスでは解放されて最初にやりたいこととして、バーベキューを挙げる黒人が多かったからだそうだ。(これは私の高校時代に寮でルームメイトだった南部出身の黒人の親友から聞いた話だが、実際に1979年のジューンティーンスに私はノースカロライナ州の彼の実家を訪ねて、バーベキューに混ぜてもらったことがある。)
一向に収束の兆しを見せない新型コロナウイルス感染症の蔓延と、後を絶たない警察官による黒人に対する暴力的な取り締まり。ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人の警察官によって膝で地面に首を押しつけられたことが原因で死亡した事件を発端に、全米で人種差別に反対する抗議行動がまさに燎原の火のように全米に飛び火し、更にそれが世界的な人種差別反対運動のうねりにまで発展している。
アメリカでは新型コロナウイルスの感染率や死亡率も他の人種と比べて黒人が群を抜いて高く、人口あたりの罹患率や死亡率は白人の3倍にものぼる。黒人の多くが低所得だったり、テレワークとは無縁のブルーカラーの職業に従事していることの影響も大きいが、その一方で、黒人がコロナ予防のためにマスクやスカーフで顔を覆うと犯罪者ではないかと疑われ、警察からさまざまな嫌がらせや暴行を受ける危険性が大きくなるために、黒人はマスクを着けたがらないことも、高い感染率に寄与しているという。
奴隷解放から150年、公民権法制定から50年あまりが経った今も、依然としてアメリカでは黒人として生きることには大きな困難が伴う。
アメリカ史の中でこれまで差別に抗議した黒人が立ち上がったことは何度もあった。最近では1992年にロサンゼルスで、やはり白人警察官による黒人に対する暴行が発端となり、最終的には大暴動にまで発展している。しかし、毎回そうした動きは一過性に終わり、差別や警察の暴力問題は本質的にはほとんど何も変わらないまま今日にいたる。
しかし、今回は何かが違うように見える。デモの国際的な広がりやその持続性もこれまでとは明らかに性格を異にしているが、何よりも抗議をしているのが黒人だけでなく、白人や他の人種、とりわけその中に20代の若者が多く含まれている。アメリカでZ世代と呼ばれる、物心ついた時すでにアメリカの大統領の席には黒人のバラク・オバマが座っているのを違和感なく見てきた彼らの世代は、未だにアメリカが肌の色で人間を差別していることが信じられない。良識派による建前としての差別反対ではなく、本音レベルで差別感情が受け入れられなかったり、理解できないと考える人々がようやく社会の中心に躍り出ようとしている。
もちろん過度の期待は禁物だが、今回は何かが変わりそうな予感がする。
今週は在米経験が長くアメリカの社会問題、とりわけ人種やジェンダー、文化に詳しいジャーナリストの北丸雄二氏をゲストに迎え、今アメリカで起きている人種差別反対のデモのうねりと、そうした中にあって人種や性に対する差別や偏見をむしろ肥やしにしながら勢力を伸ばしてきた「トランプのアメリカ」は今どんな状況に置かれているのかなどについて話を聞いた。
また、米軍がトランプから離反し始めた背景や、6月15日に保守派優勢のアメリカ最高裁が下したLGBTの雇用差別を違法とする歴史的な判決の背景やその内容を、北丸氏とともにジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。